RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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フェイズとリースを部屋に残し、俺はリィンだけを引っ張って廊下に出た。西日が投げる光が小さな窓から差し込んでいる。この時刻にもなれば、俺は別に陽光を避ける必要もない。
「あなたとフェイズってさ・・・」
先を先導して歩く背後から、リィンが話し掛けてきた。俺は振り返らずに先を促す。
「恋人同士?」
「・・・・・・」
さすがに全身から力が抜けた。
こんな間抜けな問いは予想もしてなかったからな。
「どこから、そういう答えが出て来るんだよ・・・」
「え・・・だって、朝・・・」
リィンが答えにくそうに口篭もる。
・・・そういえば、リィンには見られていたんだった。忘れてくれれば良いものを。
「俺は、吸血鬼だといっただろうが」
「・・・あ・・・そうか・・・」
散々人を吸血鬼だと謗った割に、変なところで意識が抜けている。
「・・・ねぇ、フェイズも人間じゃないんでしょ?」
「・・・ああ」
「じゃあ、フェイズって一体」
「ここだ」
リィンの問いは途中で途切れた。目的の部屋に到着したからだ。
扉を開けて中に入る俺の後ろを、リィンが恐る恐る付いてくる。
部屋の中には他と同じように仄かなランプの灯りだけが燈り、窓のない部屋の周囲をオレンジ色に薄暗く照らし出していた。部屋の床には何も置いてないが、その変わりに幾重にも重なるように天井から垂れ下がった赤いカーテンが、不規則な影を作りだしている。ベルベットでできた重いそれを一つ一つ押し上げて、俺は奥へと足を進める。数枚潜ったところで、それほど広くは無い部屋の奥に達した。
そこには、一つの大きな姿見が置いてある。
鏡を縁取る枠には、豪華ではないが細かな細工が施され、鈍い金の光沢を放っている。その枠が物語る年季に対して、鏡面は不似合いな程に曇り一つない。近付けば、俺とリィンの姿が歪み一つなくそっくり映し出された。
「おい、要件はもう分かってるんだろう?」
俺の呼びかけに、鏡面が湖面のように中心から波紋を作った。鏡に映った俺たちの体は揺ら揺らと歪み始め、色が渦を巻くようにして中心に集まる。じっと見守る傍らで、それらは再びじわじわと広がり、やがて一つの形を形成した。赤い道化服を身に纏った小柄な少年だ。
リィンが息を呑む。
流れる髪は銀。釣り上がり気味の瞳に宿す炎は紅。まだ子供っぽい小柄な体を、レースやびらびらとした余計な布が沢山ついた真っ赤な道化服に押し込めている。身体の子供っぽさに対して、長い前髪の奥から覗く瞳に湛えられた海はかなり深く、彼が見た目通りの年齢ではないことを示唆していた。顔は無表情のまま、にこりとも微笑まない。
鏡面の揺らめきがおさまってから、少年は静かに口を開いた。
『 ・・・随分と、久しぶりじゃないか。君がここへ来るのは』
「俺と感動の再会をしたいなんて言い出すなよ。前置きもいらない」
俺が言うと、鏡の少年はちらりと俺の背後のリィンに視線を投げた。そして再び俺に視線を戻す。
『・・・やれやれ。君は相変わらずせっかちだね。だけどその割にはわざわざこの部屋まで来るし。聞きたいことがあるだけなら、あの部屋の鏡でも事足りるじゃないか』
こいつは分かっていて、態とこういう物言いをする。だから俺はこいつが嫌いなんだ。
「余計なことはいい。魔女について知りたい」
『・・・大雑把な質問だね。知っているだろう?僕に鏡の前で起きた事柄でわからないことはない。だからこそ、質問されたことにしか答えられないという制約があるんだ。そんな大雑把な質問では何も教えてあげられない。相応の対価を払うと言うなら構わないけれど・・・』
鏡の中の少年は、殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。思わず舌打ちが出た。コイツとのやりとりは非常に面倒臭い。 勝手がわからないリィンは、黙って俺達のやり取りを見つめている。
「北の魔女・・・病を治す力を持つという北の魔女は存在するのか?」
『・・・確かに居るね』
噂は本当らしい。
「その魔女は、リィンの村で蔓延している病を治すことができるのか」
『それは・・・僕が見れる事実ではない。だから直接的な答えは言えないけれど。過去に彼女が解けなかった呪いは・・・今のところ、ゼロ』
「・・・それで十分だ。魔女が住んでいる場所は?」
『モンブラグブースの山頂』
俺は思わずため息をついて、首を振った。面倒な場所だ。
リィンが戸惑いながらも、声を発する。
「あの、ブラグブースって・・・」
「山だ。それもこの城のあるような、緩やかな山じゃない。断崖絶壁に囲まれてる、冬山さ。人に登れるわけがない。おい、クライム、その場所に行く方法はあるのか?」
『・・・確かに人間には登れないね。君一人だったら可能かもしれないけれど。だけど登らなくても頂上に行く方法はある。鷲の背中に乗るんだ』
「鷲?」
俺とリィンの疑問の声が期せずして重なった。
無表情を崩さずに、鏡の中の少年・・・クライムが俺達を見る。
『山に、大鷲が居る。少し登れば出会える筈だよ』
「じゃあ、どっちにしろ山には登る必要があるんだな・・・。まぁ、場所と行く方法が分かっただけでも良しとするか」
リィンが何かを言いたそうに俺を見たが、次のクライムの言葉に慌てて視線を返し、呼び止めた。
『・・・もう帰るよ?』
「あ、待って。あなた、なんでもわかるの?だったら教えて。村の皆は・・・私の家族は、無事?」
クライムが紅の双眸を細める。
『・・・教えてもいいけど・・・対価は』
「対価・・・?」
リィンが、何のことかと問いたげに、俺を見上げた。
「基本的に、俺達に通貨は存在しない。ただ要求に見合う対価と交換という図式は同じだ。こいつの場合は、記憶。新たな情報と過去の情報の交換だ」
「記憶・・・?」
『アレックスは、無駄に長生きしているから無くなっても良い余計な記憶が沢山あるけれどね。君はそうもいかないんじゃないかな』
俺の睨みを一向に気に止めず、奴は鏡の中で悠々と足を組んだ。道化衣装のビラビラとした裾が優雅に舞う。
『よく考えた方が良い。今の君を形成するものは君が今まで歩んできた道の記憶。それが例え一部だとしても、例え忘れたいほどの辛い記憶だとしても、今の君を形成する一つには違いない。だから、その記憶を失うことで、君という人物がすっかり変わってしまう可能性だって有るし、進むべき道を見失ってしまう可能性もある』
「そんな・・・」
リィンが青ざめて一歩下がる。全く、悪趣味な奴だ。
「あんまり脅かすなよ。そんな大げさな対価を払わなきゃいけない情報じゃないだろ」
『・・・まぁ、今回はね』
深紅の瞳が一瞬俺を映す。いちいち牽制されなくても、俺だって軽軽しく使うつもりはないさ。
『そうだな、せいぜい今日の朝、何を食べたか忘れるぐらいだろうね』
その言葉で再び決心がついたのか、リィンはひたと鏡を見つめた。
「じゃあ、教えて」
クライムが瞳を伏せる。風もないのに、鏡の中の銀髪がふわりと舞い上がった。
『・・・君達が、村を出たときから状況は変わってないよ。つまり誰も・・・死んでないし、回復してもいない』
「誰も・・・」
『病は呪いだから・・・苦しめる為であって、殺す為ではないね』
「・・・そう」
状況が変わってないなら喜ばしい話ではないだろう。だが、病のせいで死に至ることはない、という情報はそれなりに安心するものではあったようだ。どちらにしろ解呪は必要だが。
リィンは複雑そうな表情をしている。
確かに吸血鬼側としては獲物が全滅したら困るから、逃げられないように生かさず殺さずの状態にしているということか。やはり、むかつく趣味だ。
「わかった、とりあえず必要最低限の情報は得た」
『・・・僕は帰るよ・・・』
俺はリィンの背を押し、外へ出るよう促した。来たときと同じように重いカーテンを捲り上げて潜る。リィンが部屋の外に出、俺がドアに手を掛けたとき。厚いカーテンの向こうから声が聞こえた。
『きっと・・・君は戦うことになる』
振り返った視界はベルベットのカーテンで埋め尽くされる。カーテンに映った燭台の影が、まるで嘲笑しているかのようにゆらゆらと揺れた。
『ねぇ、嫌われ者のダンピール殿?』
言外で、逃げられないと言っているようだ。いちいち嫌な奴。
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「あなたとフェイズってさ・・・」
先を先導して歩く背後から、リィンが話し掛けてきた。俺は振り返らずに先を促す。
「恋人同士?」
「・・・・・・」
さすがに全身から力が抜けた。
こんな間抜けな問いは予想もしてなかったからな。
「どこから、そういう答えが出て来るんだよ・・・」
「え・・・だって、朝・・・」
リィンが答えにくそうに口篭もる。
・・・そういえば、リィンには見られていたんだった。忘れてくれれば良いものを。
「俺は、吸血鬼だといっただろうが」
「・・・あ・・・そうか・・・」
散々人を吸血鬼だと謗った割に、変なところで意識が抜けている。
「・・・ねぇ、フェイズも人間じゃないんでしょ?」
「・・・ああ」
「じゃあ、フェイズって一体」
「ここだ」
リィンの問いは途中で途切れた。目的の部屋に到着したからだ。
扉を開けて中に入る俺の後ろを、リィンが恐る恐る付いてくる。
部屋の中には他と同じように仄かなランプの灯りだけが燈り、窓のない部屋の周囲をオレンジ色に薄暗く照らし出していた。部屋の床には何も置いてないが、その変わりに幾重にも重なるように天井から垂れ下がった赤いカーテンが、不規則な影を作りだしている。ベルベットでできた重いそれを一つ一つ押し上げて、俺は奥へと足を進める。数枚潜ったところで、それほど広くは無い部屋の奥に達した。
そこには、一つの大きな姿見が置いてある。
鏡を縁取る枠には、豪華ではないが細かな細工が施され、鈍い金の光沢を放っている。その枠が物語る年季に対して、鏡面は不似合いな程に曇り一つない。近付けば、俺とリィンの姿が歪み一つなくそっくり映し出された。
「おい、要件はもう分かってるんだろう?」
俺の呼びかけに、鏡面が湖面のように中心から波紋を作った。鏡に映った俺たちの体は揺ら揺らと歪み始め、色が渦を巻くようにして中心に集まる。じっと見守る傍らで、それらは再びじわじわと広がり、やがて一つの形を形成した。赤い道化服を身に纏った小柄な少年だ。
リィンが息を呑む。
流れる髪は銀。釣り上がり気味の瞳に宿す炎は紅。まだ子供っぽい小柄な体を、レースやびらびらとした余計な布が沢山ついた真っ赤な道化服に押し込めている。身体の子供っぽさに対して、長い前髪の奥から覗く瞳に湛えられた海はかなり深く、彼が見た目通りの年齢ではないことを示唆していた。顔は無表情のまま、にこりとも微笑まない。
鏡面の揺らめきがおさまってから、少年は静かに口を開いた。
『 ・・・随分と、久しぶりじゃないか。君がここへ来るのは』
「俺と感動の再会をしたいなんて言い出すなよ。前置きもいらない」
俺が言うと、鏡の少年はちらりと俺の背後のリィンに視線を投げた。そして再び俺に視線を戻す。
『・・・やれやれ。君は相変わらずせっかちだね。だけどその割にはわざわざこの部屋まで来るし。聞きたいことがあるだけなら、あの部屋の鏡でも事足りるじゃないか』
こいつは分かっていて、態とこういう物言いをする。だから俺はこいつが嫌いなんだ。
「余計なことはいい。魔女について知りたい」
『・・・大雑把な質問だね。知っているだろう?僕に鏡の前で起きた事柄でわからないことはない。だからこそ、質問されたことにしか答えられないという制約があるんだ。そんな大雑把な質問では何も教えてあげられない。相応の対価を払うと言うなら構わないけれど・・・』
鏡の中の少年は、殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。思わず舌打ちが出た。コイツとのやりとりは非常に面倒臭い。 勝手がわからないリィンは、黙って俺達のやり取りを見つめている。
「北の魔女・・・病を治す力を持つという北の魔女は存在するのか?」
『・・・確かに居るね』
噂は本当らしい。
「その魔女は、リィンの村で蔓延している病を治すことができるのか」
『それは・・・僕が見れる事実ではない。だから直接的な答えは言えないけれど。過去に彼女が解けなかった呪いは・・・今のところ、ゼロ』
「・・・それで十分だ。魔女が住んでいる場所は?」
『モンブラグブースの山頂』
俺は思わずため息をついて、首を振った。面倒な場所だ。
リィンが戸惑いながらも、声を発する。
「あの、ブラグブースって・・・」
「山だ。それもこの城のあるような、緩やかな山じゃない。断崖絶壁に囲まれてる、冬山さ。人に登れるわけがない。おい、クライム、その場所に行く方法はあるのか?」
『・・・確かに人間には登れないね。君一人だったら可能かもしれないけれど。だけど登らなくても頂上に行く方法はある。鷲の背中に乗るんだ』
「鷲?」
俺とリィンの疑問の声が期せずして重なった。
無表情を崩さずに、鏡の中の少年・・・クライムが俺達を見る。
『山に、大鷲が居る。少し登れば出会える筈だよ』
「じゃあ、どっちにしろ山には登る必要があるんだな・・・。まぁ、場所と行く方法が分かっただけでも良しとするか」
リィンが何かを言いたそうに俺を見たが、次のクライムの言葉に慌てて視線を返し、呼び止めた。
『・・・もう帰るよ?』
「あ、待って。あなた、なんでもわかるの?だったら教えて。村の皆は・・・私の家族は、無事?」
クライムが紅の双眸を細める。
『・・・教えてもいいけど・・・対価は』
「対価・・・?」
リィンが、何のことかと問いたげに、俺を見上げた。
「基本的に、俺達に通貨は存在しない。ただ要求に見合う対価と交換という図式は同じだ。こいつの場合は、記憶。新たな情報と過去の情報の交換だ」
「記憶・・・?」
『アレックスは、無駄に長生きしているから無くなっても良い余計な記憶が沢山あるけれどね。君はそうもいかないんじゃないかな』
俺の睨みを一向に気に止めず、奴は鏡の中で悠々と足を組んだ。道化衣装のビラビラとした裾が優雅に舞う。
『よく考えた方が良い。今の君を形成するものは君が今まで歩んできた道の記憶。それが例え一部だとしても、例え忘れたいほどの辛い記憶だとしても、今の君を形成する一つには違いない。だから、その記憶を失うことで、君という人物がすっかり変わってしまう可能性だって有るし、進むべき道を見失ってしまう可能性もある』
「そんな・・・」
リィンが青ざめて一歩下がる。全く、悪趣味な奴だ。
「あんまり脅かすなよ。そんな大げさな対価を払わなきゃいけない情報じゃないだろ」
『・・・まぁ、今回はね』
深紅の瞳が一瞬俺を映す。いちいち牽制されなくても、俺だって軽軽しく使うつもりはないさ。
『そうだな、せいぜい今日の朝、何を食べたか忘れるぐらいだろうね』
その言葉で再び決心がついたのか、リィンはひたと鏡を見つめた。
「じゃあ、教えて」
クライムが瞳を伏せる。風もないのに、鏡の中の銀髪がふわりと舞い上がった。
『・・・君達が、村を出たときから状況は変わってないよ。つまり誰も・・・死んでないし、回復してもいない』
「誰も・・・」
『病は呪いだから・・・苦しめる為であって、殺す為ではないね』
「・・・そう」
状況が変わってないなら喜ばしい話ではないだろう。だが、病のせいで死に至ることはない、という情報はそれなりに安心するものではあったようだ。どちらにしろ解呪は必要だが。
リィンは複雑そうな表情をしている。
確かに吸血鬼側としては獲物が全滅したら困るから、逃げられないように生かさず殺さずの状態にしているということか。やはり、むかつく趣味だ。
「わかった、とりあえず必要最低限の情報は得た」
『・・・僕は帰るよ・・・』
俺はリィンの背を押し、外へ出るよう促した。来たときと同じように重いカーテンを捲り上げて潜る。リィンが部屋の外に出、俺がドアに手を掛けたとき。厚いカーテンの向こうから声が聞こえた。
『きっと・・・君は戦うことになる』
振り返った視界はベルベットのカーテンで埋め尽くされる。カーテンに映った燭台の影が、まるで嘲笑しているかのようにゆらゆらと揺れた。
『ねぇ、嫌われ者のダンピール殿?』
言外で、逃げられないと言っているようだ。いちいち嫌な奴。
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俺が開く前に、内から扉が開いてフェイズが顔を覗かせた。押し退けて部屋に入ると、陽は既に暮れ、城で一番大きな窓も藍色のカーテンに閉ざされている。
未だベッドの中で半身を起こした状態だったリースが、不安に翳る顔をあげた。
「どう、だったんですか・・・?」
「魔女は居る。ただ、会いに行く過程が面倒だな」
リースの視線が、握り合わせた自分の手に落ちる。
「そう・・・。時間が、かかるかしら」
「大丈夫よっ」
リィンが殊更明るい声を出して、リースの肩を叩いた。
「魔女が居ることも、そこまでの行き方も分かった。ただ噂だけを頼りに逃げ出してきた時より、ずっとずっと前に進んだわ。望みがあるんだもの、まだ頑張れる。きっと、皆待ってる」
顔を覗き込むようにして微笑みを向けられて、リースも安心したように微笑んだ。
「・・・そうね」
「ま、どうせ直ぐには出発できないだろ。暫くはしっかり休んで、旅に備えるんだな。旅の準備は使用人に任せとけばいい」
リィンがふと動きをとめ、それから首を傾げて俺を見上げてきた。
「ねぇ、さっきも思ったんだけど・・・。まるで、あなたも一緒に来るみたいに聞こえるわ」
今更、と言った話だ。
「その通りだ」
リィンとリースが顔を見合わせた。
フェイズが驚いたように言う。
「アレックス、城を出るのかい?」
「勿論お前もだ、フェイズ」
「僕も?」
フェイズが自分を指差してきょとんとした。
「ねぇ、協力してくれるのは嬉しいけど・・・でも・・・」
「親切すぎるのは逆に妖しいと?安心しろ、別に慈善事業じゃない。俺達も魔女に用がある。それだけだ。目的が一緒なら協力するのが普通だろ」
その用とは何か、と、二人の訝しげな視線が俺に向けられた。どころか、フェイズまで理由が分からない、といった表情で俺を見ている。
「俺達は俺達にかけられた呪いを解きたい、ってことさ。それとも何か、俺達が一緒だと不満だって?」
質問をされる前に質問をすると、リィンが言葉に詰まった。
「確かに・・・あなたたちが一緒だと心強いかもしれないけど・・・でも・・・でも信用できないじゃない」
「なんだよ・・・まだ吸血鬼だから信用できないって言うのか?」
「そ、それもちょっとはあるけど・・・」
俺はその先を察して、盛大にため息をついてみせる。
「悲しいね、未だ信用がないとは」
そしてリィンに顔を近づけて囁いた。
「キスした仲なのに」
リィンの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。平手が飛んで来たが、予測していた俺はそれをひょいと避けた。
「・・・っ!だ、だからあなた達のそういう所がっ・・・!!信じられない、って言っているのよ・・・!!変態!色魔!痴漢!色気違い!好色!ほんとに、信じられないっ!」
あえて否定の言葉は返さない。まぁ否定できない部分もあるからな。言っておくが、勿論、変態と痴漢ではない。
フェイズはくすくすと笑っている。
「笑ってるけど、あなただって同じなんだから!」
鉾先がフェイズに向こうとしたところで、まぁ落ち着け、と俺はリィンの肩を叩く。ここまで反応してくれると、面白くて仕様が無い。
「あれは からかっただけだから、安心しろ。基本的にお前等は、俺の守備範囲外、だから」
言い終わると同時に、俺は腹に盛大な鉄拳を食らった。
「・・・・っ!!」
平手が飛んでくることは予測していたが、まさか腹に拳が来るとは思ってなかった。別にそれほど対したダメージではないが、思わず腹に手を当てて固まる。
「もー、やっぱり信じられない・・・!! あんた達、早くこの部屋から出てって!!」
リィンがますます肩を怒らせて叫ぶ。
フェイズが心底呆れたように呟く声が聞こえた。
「アレックス・・・・・・君、バカだね」
あのなぁ・・・
フェイズ、そのセリフ
俺はお前にだけは言われたくない
+ 第2章 End +
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未だベッドの中で半身を起こした状態だったリースが、不安に翳る顔をあげた。
「どう、だったんですか・・・?」
「魔女は居る。ただ、会いに行く過程が面倒だな」
リースの視線が、握り合わせた自分の手に落ちる。
「そう・・・。時間が、かかるかしら」
「大丈夫よっ」
リィンが殊更明るい声を出して、リースの肩を叩いた。
「魔女が居ることも、そこまでの行き方も分かった。ただ噂だけを頼りに逃げ出してきた時より、ずっとずっと前に進んだわ。望みがあるんだもの、まだ頑張れる。きっと、皆待ってる」
顔を覗き込むようにして微笑みを向けられて、リースも安心したように微笑んだ。
「・・・そうね」
「ま、どうせ直ぐには出発できないだろ。暫くはしっかり休んで、旅に備えるんだな。旅の準備は使用人に任せとけばいい」
リィンがふと動きをとめ、それから首を傾げて俺を見上げてきた。
「ねぇ、さっきも思ったんだけど・・・。まるで、あなたも一緒に来るみたいに聞こえるわ」
今更、と言った話だ。
「その通りだ」
リィンとリースが顔を見合わせた。
フェイズが驚いたように言う。
「アレックス、城を出るのかい?」
「勿論お前もだ、フェイズ」
「僕も?」
フェイズが自分を指差してきょとんとした。
「ねぇ、協力してくれるのは嬉しいけど・・・でも・・・」
「親切すぎるのは逆に妖しいと?安心しろ、別に慈善事業じゃない。俺達も魔女に用がある。それだけだ。目的が一緒なら協力するのが普通だろ」
その用とは何か、と、二人の訝しげな視線が俺に向けられた。どころか、フェイズまで理由が分からない、といった表情で俺を見ている。
「俺達は俺達にかけられた呪いを解きたい、ってことさ。それとも何か、俺達が一緒だと不満だって?」
質問をされる前に質問をすると、リィンが言葉に詰まった。
「確かに・・・あなたたちが一緒だと心強いかもしれないけど・・・でも・・・でも信用できないじゃない」
「なんだよ・・・まだ吸血鬼だから信用できないって言うのか?」
「そ、それもちょっとはあるけど・・・」
俺はその先を察して、盛大にため息をついてみせる。
「悲しいね、未だ信用がないとは」
そしてリィンに顔を近づけて囁いた。
「キスした仲なのに」
リィンの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。平手が飛んで来たが、予測していた俺はそれをひょいと避けた。
「・・・っ!だ、だからあなた達のそういう所がっ・・・!!信じられない、って言っているのよ・・・!!変態!色魔!痴漢!色気違い!好色!ほんとに、信じられないっ!」
あえて否定の言葉は返さない。まぁ否定できない部分もあるからな。言っておくが、勿論、変態と痴漢ではない。
フェイズはくすくすと笑っている。
「笑ってるけど、あなただって同じなんだから!」
鉾先がフェイズに向こうとしたところで、まぁ落ち着け、と俺はリィンの肩を叩く。ここまで反応してくれると、面白くて仕様が無い。
「あれは からかっただけだから、安心しろ。基本的にお前等は、俺の守備範囲外、だから」
言い終わると同時に、俺は腹に盛大な鉄拳を食らった。
「・・・・っ!!」
平手が飛んでくることは予測していたが、まさか腹に拳が来るとは思ってなかった。別にそれほど対したダメージではないが、思わず腹に手を当てて固まる。
「もー、やっぱり信じられない・・・!! あんた達、早くこの部屋から出てって!!」
リィンがますます肩を怒らせて叫ぶ。
フェイズが心底呆れたように呟く声が聞こえた。
「アレックス・・・・・・君、バカだね」
あのなぁ・・・
フェイズ、そのセリフ
俺はお前にだけは言われたくない
+ 第2章 End +
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後からリースに聞いた話。
私とアレックスが部屋を出て行った後、フェイズとリースがどうしていたか。
フェイズは言葉もなく、窓辺に座ったままずっと外を眺めていたらしい。
声を掛け辛い雰囲気だったから、リースも黙っていたんだという。静かなのは嫌いじゃないから、とリースは言ってクロスを握った。静かな時間・・・彼女はそのとき、祈りを捧げていたのかもしれない。
だけど唐突にフェイズは声を発した。
「僕は・・・」
視線は窓の外を見つめたままだったから、リースも最初は自分に話し掛けているとは思わなかったそうだ。
「僕は昨日、君に酷いことをした・・・?」
「え・・・」
フェイズは頬に手を当てて、呟くように言う。
「さっき、あっちの子に叩かれた」
リィン?と、リースが聞くと、フェイズはゆっくり頷いて首だけで振り向いた。
「酷いことをしてしまったなら、謝らないといけない」
私が彼を叩いたのは、リースって誰、と言ったからだ。キスをしておきながら名前も覚えていないなんて、って腹が立ったから。でもそんなこと、リースは知らないから首を振った。
「いいえ、何も。酷いことなんてされてないわ。寧ろ助けてくれたわよね・・・?」
「なら、良かった」
フェイズは笑った。斜めに差し込む夕陽が、彼の顔に深い影を作って感情を読み取り難くする。
「・・・僕は・・・忘れてしまうんだ」
彼は首を元の位置に戻して、また呟いたという。
「それも、呪いなんだね」
良くわからなくて。特に返事を求められているようでもなかったから、リースは黙ってフェイズの横顔を見つめていたという。フェイズの顔を斜めに過ぎる大きな傷。私達は、まだその傷の理由は知らない。
「思い出せない。昨日のことですら」
右手を上げると、彼の手首に嵌められた手錠に繋がる鎖が、重そうな音を立てる。彼はその手を自分の額にあてた。
「ずっと一緒にいるからなのかな。アレックスのことは分かるんだ。だけど君達のことは・・・」
言葉が途切れて、視線が鎖に落ちた。
「君達に会ったのは昨日、なんだろ。だけど僕にとっては、今日初めて会った人だ」
フェイズは私達のことも、昨日のことも全く覚えていなかった。忘れて飄々としている彼に、あのときは腹がたったけど・・・。今は叩いて悪かったな、と思う。別に彼は、忘れたくて忘れているわけじゃないし、忘れて良かったと思っているわけではないようだからだ。それはこの後、彼が言ったことで良くわかった。
「こうして話していても。明日になれば、また君のことを忘れてしまう」
彼は顔をあげて再びリースに顔をむけると、じっと瞳をみつめた。飄々とした軽い雰囲気は消えて、すごく真剣な瞳だったから、視線が逸らせなかった、とリースは言った。
彼はそうして、リースに謝ったんだ。
「ごめんね」
と。
「それは・・・あなたのせいじゃないわ」
リースはそれしか言えなかったという。
後でアレックスから、詳しくフェイズの呪いの話を聞いた。フェイズは、眠って目が覚めると前日以降のことが思い出せなくなってしまうんだそうだ。基本的な生活習慣とか、毎日繰り返すことは覚えているという。だから、彼はアレックスについては、もう忘れないらしい。でも、覚えるまでに3年かかったけどな、とアレックスはため息をついていた。
アレックスはそれ以上詳しいことを話したがらないけど・・・。彼はきっと、フェイズの呪いを解きたいんだ。
・・・呪いって、私はまだ詳しく知らない。村の皆の病が呪いだと言われて、だけどだから病気とどう違うのか、なんて実はまだ良くわからなかったし。ずっと同じ影響を及ぼし続ける持続性のある魔法、とアレックスは教えてくれたけど・・・。
呪いは、変化がないまま繰り返す。フェイズは、彼の意思に関係なく毎日全てを忘れて新しい朝を迎える。村の皆は、治ることも悪化することも無い病をずっと味わっている。
そうね、とにかく一日も早く呪いを解かなきゃいけないんだわ。
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私とアレックスが部屋を出て行った後、フェイズとリースがどうしていたか。
フェイズは言葉もなく、窓辺に座ったままずっと外を眺めていたらしい。
声を掛け辛い雰囲気だったから、リースも黙っていたんだという。静かなのは嫌いじゃないから、とリースは言ってクロスを握った。静かな時間・・・彼女はそのとき、祈りを捧げていたのかもしれない。
だけど唐突にフェイズは声を発した。
「僕は・・・」
視線は窓の外を見つめたままだったから、リースも最初は自分に話し掛けているとは思わなかったそうだ。
「僕は昨日、君に酷いことをした・・・?」
「え・・・」
フェイズは頬に手を当てて、呟くように言う。
「さっき、あっちの子に叩かれた」
リィン?と、リースが聞くと、フェイズはゆっくり頷いて首だけで振り向いた。
「酷いことをしてしまったなら、謝らないといけない」
私が彼を叩いたのは、リースって誰、と言ったからだ。キスをしておきながら名前も覚えていないなんて、って腹が立ったから。でもそんなこと、リースは知らないから首を振った。
「いいえ、何も。酷いことなんてされてないわ。寧ろ助けてくれたわよね・・・?」
「なら、良かった」
フェイズは笑った。斜めに差し込む夕陽が、彼の顔に深い影を作って感情を読み取り難くする。
「・・・僕は・・・忘れてしまうんだ」
彼は首を元の位置に戻して、また呟いたという。
「それも、呪いなんだね」
良くわからなくて。特に返事を求められているようでもなかったから、リースは黙ってフェイズの横顔を見つめていたという。フェイズの顔を斜めに過ぎる大きな傷。私達は、まだその傷の理由は知らない。
「思い出せない。昨日のことですら」
右手を上げると、彼の手首に嵌められた手錠に繋がる鎖が、重そうな音を立てる。彼はその手を自分の額にあてた。
「ずっと一緒にいるからなのかな。アレックスのことは分かるんだ。だけど君達のことは・・・」
言葉が途切れて、視線が鎖に落ちた。
「君達に会ったのは昨日、なんだろ。だけど僕にとっては、今日初めて会った人だ」
フェイズは私達のことも、昨日のことも全く覚えていなかった。忘れて飄々としている彼に、あのときは腹がたったけど・・・。今は叩いて悪かったな、と思う。別に彼は、忘れたくて忘れているわけじゃないし、忘れて良かったと思っているわけではないようだからだ。それはこの後、彼が言ったことで良くわかった。
「こうして話していても。明日になれば、また君のことを忘れてしまう」
彼は顔をあげて再びリースに顔をむけると、じっと瞳をみつめた。飄々とした軽い雰囲気は消えて、すごく真剣な瞳だったから、視線が逸らせなかった、とリースは言った。
彼はそうして、リースに謝ったんだ。
「ごめんね」
と。
「それは・・・あなたのせいじゃないわ」
リースはそれしか言えなかったという。
後でアレックスから、詳しくフェイズの呪いの話を聞いた。フェイズは、眠って目が覚めると前日以降のことが思い出せなくなってしまうんだそうだ。基本的な生活習慣とか、毎日繰り返すことは覚えているという。だから、彼はアレックスについては、もう忘れないらしい。でも、覚えるまでに3年かかったけどな、とアレックスはため息をついていた。
アレックスはそれ以上詳しいことを話したがらないけど・・・。彼はきっと、フェイズの呪いを解きたいんだ。
・・・呪いって、私はまだ詳しく知らない。村の皆の病が呪いだと言われて、だけどだから病気とどう違うのか、なんて実はまだ良くわからなかったし。ずっと同じ影響を及ぼし続ける持続性のある魔法、とアレックスは教えてくれたけど・・・。
呪いは、変化がないまま繰り返す。フェイズは、彼の意思に関係なく毎日全てを忘れて新しい朝を迎える。村の皆は、治ることも悪化することも無い病をずっと味わっている。
そうね、とにかく一日も早く呪いを解かなきゃいけないんだわ。
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