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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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もうあとは、ここで静かに蹲って待つだけだと思っていた少年の耳に、不意に くぐもった小さな音楽が聞こえてきた。
聞き覚えのある優しいメロディ。 オルゴールの音色だ。

音のする方を見ると、彼の持って来たウサギの人形がそこに転がっていた。 ガラスでできた小さな赤い瞳が、じっと彼を見つめている。大切な人形だったのに、扉を閉められたときに取り落として、今の今まで忘れてしまっていた。

あちこち痛む体を頑張って伸ばし、落ちていた人形をそっと拾い上げる。
くぐもっていた音色が鮮明になった。
音はその人形から流れてきているのだ。

汚れを軽く手で払い落として、彼は人形を裏返す。この人形の背には小さなゼンマイがついていて、それを回すと内蔵されたオルゴールの音が鳴る仕組みになっていた。

だけど今、少年はゼンマイを回してはいない。なのに、どうして突然音が鳴り始めたのか。
不思議には思ったが、だからといってそれが何故かを考えることができないほど彼は疲弊していた。

だからその人形を胸元にぎゅっと抱き寄せて、じっと音色に耳を澄ませた。

母親との繋がりだった人形。だけどそれも もう、意味の無いものになってしまった。

彼の考えに呼応するかのように、人形から流れるメロディは次第にゆっくりとぎこちなくなっていく。
やがて、曲の途中で余韻を残して止まってしまった。


少年は静かに目を閉じようとしたが、瞼に優しい光を浴びていることに気付いて顔を上げた。
月明かりとは違う青白い光が、薄暗い部屋の中を満たし始めている。
周囲に積まれた骨董品のひとつ。 布のかけられた何やら大きなものが、布の下から光を溢れさせて輝いているのだ。

驚きに目を見開く彼の腕の中で、何かがもぞもぞと動いた。
彼が抱いているウサギの人形だ。

いや、動いているのではない。 人形の大きさが、次第に大きくなっているのだ。 そのことに気付いて彼は思わず、再びその人形を取り落としてしまった。

呆然とする少年の目の前で、道化ウサギはどんどん大きくなる。

やがて人形は少年の背を軽々と越え、大人の男性ぐらいの大きさぐらいにまでなった。 ウサギのガラス球の瞳が、じっと少年を見つめている。

以前のような、焦点のない冷たいガラス球ではない。 その瞳は、しっかりと少年に視線をあわせていた。 温かいような悲しいような、そんな気持ちで少年はガラス球の瞳を見返した。

するとウサギは視線を外し、ゆっくりと歩き出した。 その先には、今尚 青白い光を放っている骨董品があった。 ウサギはその骨董品の上に手をかけると、ばさりとかけられていた布を剥ぎ取った。 その下から現れたのは、大きな鏡だった。 ウサギの身長と同じぐらいの高さがある。

遮るものをなくして 鏡は益々青白い光を強くした。 眩しさに、少年は目を眇める。

逆光の中ウサギがこちらを振り向いて、手を差し伸べているシルエットが見えた。
それでも少年が動かないのを見ると、ウサギはちょこっとだけ可愛らしく首を傾げて、そしてちょいちょい と手招きをした。

その姿に悪意があるようには感じられなかった。
これは最後に見る夢なのだろうか。 ずっと何もかわらない静かな生活だった筈なのに。

少年はよろよろと立ち上がると、誘われるままにウサギの手を取った。
その手は、ふわふわすべすべしていて、そして温かかった。 ぎゅっとその手を握ると、ウサギはまた首を傾げて少年を見、そして空いたほうの手で優しく頭をなでてくれた。

枯れた筈の涙がこみ上げてきたが、それは鏡から溢れる強い光に遮られた

ウサギが鏡に触れるように手をあげる。 少年が片手をしっかりと繋いだままウサギの顔を見上げると、頷きが返ってきた。

こわごわと手を鏡の方へと差し伸べると、鏡面のあるべきところでも指先にはなにも触れず、するりと光の中に飲み込まれた。 驚いて思わず身を後ろに引いたが、ウサギが優しくその体を支えた。
励まされて、もう一度ゆっくりと手を伸ばす。 そして今度は足も前にと踏み出した。

少年とウサギの体が、鏡面に飲み込まれるようにして消えていく。

そうして少年とウサギをすっかり飲み込んでしまうと、鏡は光るのをやめた。
後には、暗闇に沈む部屋が残されていた。


【深紅の過去編】1章:追憶 END


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