RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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冷たい床の上で、彼は目を覚ました。 いつの間にか疲れて眠ってしまっていたらしい。
見上げた扉は変わらず硬く閉ざされていて、外にも内にも生きている物の気配は全くない。
耳を澄ましたところで、聞こえてくるのは自分の吐息だけだった。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
叫び続けた喉はカラカラで、硬い床の上で眠った体はあちこちがキシキシと痛む。
声を出す気力も 既に無くて、彼はゆっくりと体を起こした。
視界に入ってきた狭い部屋の中には、箱や布や、なんだかわからない沢山の物が山と積まれている。
彼は知らなかったが、その部屋は屋敷の地下の一室で、そして長いこと物置として使われていた部屋だった。 山と積まれているのは実は骨董品ばかりで、中にはかなり高価なものも含まれている。
だが、知っていたところで今の彼には何の価値もない物ではあったけれども。
ぼんやりと見上げたその奥には二つの小さな窓が見えた。
部屋の奥の壁、彼には手の届かないような高い位置、ご丁寧に格子までついている小さな窓は明かり取りの窓だ。
差し込む月明かりは僅かで、周囲の暗闇は深い。だが、今が夜なのだということは分かった。
あそこから、逃げ出すことは可能だろうか。
ふと思うも、彼はなんとなく分かっていた。
ここから出ることができたところで、きっと行く場所など無い。
今まで自分が暮らしていたあの部屋へも、自分は戻ることは許されないのだろう。
これはそういう意味だ。
自分は置いていかれたのだ。
どうしてかなど、態々 問わなくても理由は分かっている。
自分が良い子ではなかったから。
自分が、普通の子供ではなかったから。
俯くと、視界をさらさらの髪が覆った。
ずっと切っていないために長く伸びた彼の髪。 こんな暗い場所でも良く目立つ、銀色の髪。
嫌いな髪色。
茶と金の髪を持つ両親から生まれた子供にして銀の髪は異質だった。 髪だけではない。 顔立ちも、瞳の色も・・・少年の全てが両親とは全く似ていなかったのだ。
父方の祖母は、彼を最初に見たときに妖精の取り替え子・・・チェンジリングだと言って気味悪がったという。
それだけだったら、きっと少年はまだ幸せに暮らすことができただろうに。
少年が己を異質の存在であるということを自覚するのに、それほど時間は必要なかった。
物心付いたときには既に”見えて”いたのだ。他人の考えていることや、その過去が。
それは瞳をあわせることができれば、人であれ動物であれ関係なかった。
彼の能力を理解するなり父親は去ってしまったので、良く覚えていない。
母親は最初は そんな彼を庇ってくれていた。
だけど周囲にいつも奇異の目で見られ、時には罵られ。 彼だけではなく、母親までも決して視線を合わせられることはなくなり。 美しかったその姿が次第にやつれていくのと同じように、彼女自身の心もやつれていってしまったのだった。
彼には母親の変化していく心の様子が、文字通り良く見えていた。
確かに自分を愛してくれていたものが、後悔や悲しみ・・・そして憎しみに侵食されていく様が良く見えていた。
自分のせいであることは分かっていても、状況を変える為に動くには彼はまだ幼い子供過ぎて。
精一杯に母を思いやった上で ただ一つ彼にできたことは、僕は良い子でいるよ、と言うことだった。 せめて母の言うことを良く聞く良い子であれば、母親の負担を減らせるだろうと思ったのだ。
だが状況は好転することなく、母親の反応も彼の期待するものとは全く違ってしまった。
そしてある日、母親は疲れきったクマのある顔で 彼をじっと見つめた。 乾いた唇がゆっくり動いて、その口から紡がれたのは、心の底からの呪いの言葉だったのだ。
いや、実際には口にはしなかったのかも知れない。 すっかり淀んだ光のない瞳で、彼を睨んでいただけだったのかも知れない。 それでも・・・例え心が読めるという能力など無くても、その瞳から彼女の絶望と、強い憎しみを知るのは容易だった。
それが、少年が母親の顔を見た最後だった。
その後すぐに少年はあの部屋に押し込められ、ここに連れてこられるまでずっと、部屋から一歩も出ることなく他の誰とも顔を合わせずに一日を過ごしてきたのだ。
母親の最後の目は鋭い刃となって守るものを無くした彼の心に深くつき刺さったが、今日まで彼は母親を信じていた。 温かかった母親のことを思い浮かべながら、ずっと良い子にして待っていれば いつかまた自分を迎えにきてくれて、一緒に暮らせるようになると思っていた。
その時までに自分は大きくなっていろいろ勉強して、今度は母親を守ろうと密かに心に誓っていたのだ。
こんな結末は考えてもみなかった。
でも、母親を責めることはできない。
例えば自分が普通の子供だったならば・・・と何度も考えてはその度に愚かだと打ち捨ててきたことを思わず考える。
今、自分は・・・家族は幸せだっただろうか。
全ては自分のせいだ。 普通ではなく、良い子になれなかった 自分のせいだ。
扉に背をつけたまま、両膝を抱えるように抱き込んで小さく蹲る。
「お母さん、ごめんなさい」
聞く相手のない謝罪の言葉は、彼の涙と共に冷たい床石に吸い込まれた。
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見上げた扉は変わらず硬く閉ざされていて、外にも内にも生きている物の気配は全くない。
耳を澄ましたところで、聞こえてくるのは自分の吐息だけだった。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
叫び続けた喉はカラカラで、硬い床の上で眠った体はあちこちがキシキシと痛む。
声を出す気力も 既に無くて、彼はゆっくりと体を起こした。
視界に入ってきた狭い部屋の中には、箱や布や、なんだかわからない沢山の物が山と積まれている。
彼は知らなかったが、その部屋は屋敷の地下の一室で、そして長いこと物置として使われていた部屋だった。 山と積まれているのは実は骨董品ばかりで、中にはかなり高価なものも含まれている。
だが、知っていたところで今の彼には何の価値もない物ではあったけれども。
ぼんやりと見上げたその奥には二つの小さな窓が見えた。
部屋の奥の壁、彼には手の届かないような高い位置、ご丁寧に格子までついている小さな窓は明かり取りの窓だ。
差し込む月明かりは僅かで、周囲の暗闇は深い。だが、今が夜なのだということは分かった。
あそこから、逃げ出すことは可能だろうか。
ふと思うも、彼はなんとなく分かっていた。
ここから出ることができたところで、きっと行く場所など無い。
今まで自分が暮らしていたあの部屋へも、自分は戻ることは許されないのだろう。
これはそういう意味だ。
自分は置いていかれたのだ。
どうしてかなど、態々 問わなくても理由は分かっている。
自分が良い子ではなかったから。
自分が、普通の子供ではなかったから。
俯くと、視界をさらさらの髪が覆った。
ずっと切っていないために長く伸びた彼の髪。 こんな暗い場所でも良く目立つ、銀色の髪。
嫌いな髪色。
茶と金の髪を持つ両親から生まれた子供にして銀の髪は異質だった。 髪だけではない。 顔立ちも、瞳の色も・・・少年の全てが両親とは全く似ていなかったのだ。
父方の祖母は、彼を最初に見たときに妖精の取り替え子・・・チェンジリングだと言って気味悪がったという。
それだけだったら、きっと少年はまだ幸せに暮らすことができただろうに。
少年が己を異質の存在であるということを自覚するのに、それほど時間は必要なかった。
物心付いたときには既に”見えて”いたのだ。他人の考えていることや、その過去が。
それは瞳をあわせることができれば、人であれ動物であれ関係なかった。
彼の能力を理解するなり父親は去ってしまったので、良く覚えていない。
母親は最初は そんな彼を庇ってくれていた。
だけど周囲にいつも奇異の目で見られ、時には罵られ。 彼だけではなく、母親までも決して視線を合わせられることはなくなり。 美しかったその姿が次第にやつれていくのと同じように、彼女自身の心もやつれていってしまったのだった。
彼には母親の変化していく心の様子が、文字通り良く見えていた。
確かに自分を愛してくれていたものが、後悔や悲しみ・・・そして憎しみに侵食されていく様が良く見えていた。
自分のせいであることは分かっていても、状況を変える為に動くには彼はまだ幼い子供過ぎて。
精一杯に母を思いやった上で ただ一つ彼にできたことは、僕は良い子でいるよ、と言うことだった。 せめて母の言うことを良く聞く良い子であれば、母親の負担を減らせるだろうと思ったのだ。
だが状況は好転することなく、母親の反応も彼の期待するものとは全く違ってしまった。
そしてある日、母親は疲れきったクマのある顔で 彼をじっと見つめた。 乾いた唇がゆっくり動いて、その口から紡がれたのは、心の底からの呪いの言葉だったのだ。
いや、実際には口にはしなかったのかも知れない。 すっかり淀んだ光のない瞳で、彼を睨んでいただけだったのかも知れない。 それでも・・・例え心が読めるという能力など無くても、その瞳から彼女の絶望と、強い憎しみを知るのは容易だった。
それが、少年が母親の顔を見た最後だった。
その後すぐに少年はあの部屋に押し込められ、ここに連れてこられるまでずっと、部屋から一歩も出ることなく他の誰とも顔を合わせずに一日を過ごしてきたのだ。
母親の最後の目は鋭い刃となって守るものを無くした彼の心に深くつき刺さったが、今日まで彼は母親を信じていた。 温かかった母親のことを思い浮かべながら、ずっと良い子にして待っていれば いつかまた自分を迎えにきてくれて、一緒に暮らせるようになると思っていた。
その時までに自分は大きくなっていろいろ勉強して、今度は母親を守ろうと密かに心に誓っていたのだ。
こんな結末は考えてもみなかった。
でも、母親を責めることはできない。
例えば自分が普通の子供だったならば・・・と何度も考えてはその度に愚かだと打ち捨ててきたことを思わず考える。
今、自分は・・・家族は幸せだっただろうか。
全ては自分のせいだ。 普通ではなく、良い子になれなかった 自分のせいだ。
扉に背をつけたまま、両膝を抱えるように抱き込んで小さく蹲る。
「お母さん、ごめんなさい」
聞く相手のない謝罪の言葉は、彼の涙と共に冷たい床石に吸い込まれた。
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