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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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【人間達】
● クレス(Cress)
貴族生まれ。 家族構成は父・母・兄。
但し、病弱だった故に本家からは離れ、10人の使用人達と療養地暮らしだった。
自分の道を作るため、17歳で家を出る。父親には勘当された。

25歳のときに、16歳のセレネと出会い、結婚。その後 セレネとの間に5人の子供を儲ける。
43歳のとき仕事で体調を崩し、家族に看取られながら生涯を終えた。

● セレネ(Selene)
中流階級生まれ。 9歳の年の差のあるクレスと結婚。
クレスに先立たれた後は絵本・童話作家として活躍し、5人の子供達を育て上げた。

● アリス(Alice)
クレスとセレネの長女、ベアトリスの娘。 家族構成は母・姉。
お話と空想が大好きな少女。 穏やかなようでいて、意外と自分の意見ははっきり言う。
家柄について厳しい母親が苦手で、姉と祖母(セレネ)のことが大好き。
寝る前には お話をねだる。

● クレスと一緒に暮らしていた使用人達。
フットマン(2)、シェフ、ホールボーイ(2)、御者、グルーム、ガーデナー(2)、ドクター(家庭教師)。
別邸が大きいとは言えクレスと一緒に暮らしていた使用人は10人。一人の主人に仕えるにしては多いと言える。
クレスに不自由させないようにと気遣いだったのかも知れない。


【星屑達】 クレスの記憶から生み出された、夢達。
● お父様
他の星屑達に、お父様と呼ばれる少年。
時に敬われ、時に蔑まれ、同等の扱いを受けることは少ない

● クリソベリル
"お父様"を敬愛している青年。
その他の物事に対しては無関心で無情。他の星屑達とも仲が悪い。

● デマントイド
"お父様"に忠誠を誓う青年。
お父様の為という目的は一緒だが、考え方が違う為にクリソベリルとは相容れない。

● フランクリン
● フロス & フェリ
● ボレオ
● ダイオプテーズ
● オーケン
● エオスフォル
● スピネル
● シェーライト



【兄弟達】
● ルーク
月の子供達、12人の中で一番最後に生み出された。本性は兎。
温厚で人懐こい性格。誰よりも兄達を大切に想っているし、兄弟達に大切にされている。 女性には惚れっぽく、直ぐに恋をするが実ったことは無い。
うさぎの耳を隠す為、人前ではトップハットに燕尾服という格好を崩さない。

● ベリル
12人兄弟の長男。本性は黒猫。
自称「眉目秀麗容姿端麗頭脳明晰冷静沈着絶対無敵」という自信家だが、実際に兄弟一の整った顔立ちと力を備えているので文句は言えない。周囲に女性の絶えない 教育的に少し問題の有りそうな人。
弟達を大切にする良い兄だが、ルークに対しては可愛がり過ぎとの話が多々。

● ディーン
次男。本性は犬。正義感の強い 体育会系。すぐにかっとなり易いが、その場で消化して根に持たないタイプ。
じっとしていること、頭を使うことと女性の扱いには弱いが、力は強く意外と手先も器用でメカに強い。ベリルの親友的補佐役。

● フランク
3男。本性は蛙。外見だけなら兄弟の最年長。歩く辞書。見かけによらず、動きは機敏で実は拳法の使い手だったりする。
子供が好きで、また懐かれる為、よく一緒に遊んでいる。

● フロス & フェリ
4男・5男。本性は狐。双子。悪戯が大好きで 落ち着きのない、見た目も精神年齢もお子様。
だけどこれでも、下に何人もの弟の居る兄であったりするわけで・・・それなりの自覚はある・・・らしい。
双子は常に一緒に行動している。 仲が良いという理由だけではなく、能力は2人一緒にいないと使えないらしい。 会話は時に意味不明だが、双子の間では通じている。

● ボレオ
6男。本性は熊。2m近い 大柄な体格と、それに見合った力を持つ。だが、気性は非常に穏やかで、趣味は料理。太い指で、細かい作業も器用にこなす。
哀れにも、双子の被害を一番受けている。

● ディオン
7男。本性は海豚。どんなにシリアスな場面でも軽口を忘れないお調子者。誰にでも親しげに話しかけ、時にはトラブルも起こすが基本は場のムードメーカー。
聡明で機転もきき、ルークの親友的相談役でもある。

● オクト
8男。本性は梟。回復・補助に特化した能力を持つ。夢の中だけでなく、医師免許も持っており医者としての能力も高い。
常に敬語で穏やかな雰囲気を醸しだしているが、実は兄弟一腹黒でマッド。

● エリオル
9男。本性は鷲。褐色肌に銀髪。つりあがった双眸を持ち、微笑むこともない無表情の為、良く知らない他人には怖がられてしまうタイプ。しかし、実はとても純真無垢で、優しい心の持ち主。 頭が弱いのは愛嬌。

● スピネル
10男。本性は蛇。御世辞にも友好的とは言えない態度で他人に接する、性格に難有りな兄弟の問題児。
冷酷な面を持ち、気に入らない人間を悪夢に叩き落とすこともある。

● シェル
11男。本性は羊。引込思案で臆病。人と接触すること、悪夢と対峙することに対しても非常に消極的で、変化のない平穏な生活が好き。
一度キレたら手がつけられないホド暴れまわる 傍迷惑な面を持つ。ある意味2重人格。


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 荒涼とした起伏の緩やかな大地の真ん中を、2頭立ての馬車がゆっくりと駆けて行く。
 馬車の乗客は二人。ルークとベリル、先ほどの2人だった。

 馬車旅が初めてなのだろうルークは、嬉々とした顔を窓に貼り付けて外の景色を眺めている。 先ほど被っていた大きなトップハットは脱いだらしい。 少しだけあけた窓の隙間から、乾いた風が入り込んで金色の髪をそよがせていた。

 奇妙なのは その頭上・・・・・・先ほどはトップハットで見えなかったその金の髪の中から、二本の白くて細長いものが生えていることだ。 少年の視線が動くのと一緒に時折ぴくぴくと動くそれは、ウサギの耳に良く似て・・・いや、ウサギの耳そのものの形をしていた。 一見、飾り物のように見えなくもないが、ルークの顔の動きにあわせて微妙に動くその様と、光に透けた時に浮かぶ赤く脈打つ血管は到底作り物には見えない。
 さらにはベリルが時折、髪を梳くようにしてルークの頭を撫でると、頭上の耳も気持ち良さそうに伏せらるのだった。

 第3者にはどのように映るだろう。 顔立ちも似ておらず、年齢も離れた二人組み。 さらには子供の方の不自然な耳。 だが彼ら自身は、そのどれにも違和感を覚えないようで、のんびりと馬車旅を楽しんでいた。

 単調に過ぎていく景色を、それでも興味深く見つめていたルークが、あっ、と声をあげた。 頭上の耳が、ぴん、と立つ。

「ねぇ、家が見えるよ。 ベリルっ、あそこで皆に会えるんだよね」

 遮るものの少ない視界の中、遠くに古びた邸宅を見つけた少年がはしゃいだ声をあげて 傍らに座っていた青年を振り返った。 ベリルが、切れ長の金の双眸を細めて微笑みながらゆっくりと頷く。 ルークは ぱっと顔を輝かせて、もっと良く見ようと座席を立ち上がってさらに窓に顔を押し付けた。 見た目よりもずっと逞しい腕が、その小さな身体をやんわりと支える。

「こら、ルーク。そんなに乗り出すと危ないぞ。ちゃんと座ってろ」

 諌める言葉だが、口調はとても柔らかい。 ルークはちょっとだけ未練を残しつつも、うん、と聞き分けよく返事をして椅子に体を落ち着かせた。 そして自分を支えた腕にしがみ付くと、その大きな瞳でベリルを見上げる。

「ねぇ、もう皆 来てるかなぁ」

 期待に じっとしていられないといった様子の少年に苦笑しながら、ベリルが穏やかに答える。

「ああ。きっともう、皆 集まっているだろうな」
「皆、元気かな」
「それは心配ないな。 あいつらはいつだって、騒がしい程に元気さ」

 ベリルの大きな手が、小さく柔らかな頬を包み込んだ。温かさが、なんだかくすぐったい。 自分の顔を包み込む手に触れると思わず幼い顔が綻んで、ルークは嬉しそうに満面の笑みを返した。





 長年硬く閉ざされたままで張り付いてしまったかのように見えた重い門扉が内側からゆっくりと開かれ、馬車が先ほどの屋敷の敷地に入った。

 多少の草木はあれど、背の低いものばかりで一年中殆ど景色に変化のないこの大地。 森や川もあるにはあるが、それは全体に比べれば微々たる面積である。 街からも遠くいかにも不便な立地のように見えるのだが、それこそが、土地の所有者の富の証なのだった。
 見通せる範囲の土地全てが、この領地の中心に立てられた屋敷の持ち主のものである。 だから田舎とは言え、そこに立つ屋敷は大きく立派で、権力の無いものたちには無縁の佇まいを見せていた。

 馬車は 屋敷から少し離れた場所でとまる。
 御者が扉をあけるとほぼ同時に、ルークがぴょんと馬車から飛び降りた。 しっかり両足を揃えて足を付くと、たたっ、と走って馬車から離れていく。
 ベリルはそんなルークを見て微笑みながら、自分も馬車から降りる。 微笑む青年の視線の先を御者の視線が追った。 ルークは長い耳をちょこんと揃えて、離れた場所で行儀良く待っている。 その周辺に視線を彷徨わせた後、御者は少しばかり首を傾げて不可解な顔をした。しかし何も言わずに帽子をとって軽く一礼し再び御者席に乗り込んで鞭を撓らせる。 馬達がゆっくりと方向転換をし、もと来た道を走り去っていく。
 ルークが名残惜しそうに馬車の後ろ姿を見送った。

「馬車、楽しかったね」
「そうだな、機会があったらまた乗ろうか」

 ベリルの言葉にルークがうん、と嬉しそうに頷いた。 そして改めて、体を屋敷の方へと向ける。

 鮮やかな緑の木々の中に、大きな屋敷がのぞいていた。
 赤レンガで造られた外壁が、周囲の緑に良く映えている。 並んだ窓は白く縁取られ、さらには建物の淵にも白いレンガを互い違いに組み合わせることで、優雅さを呈していて品のよい雰囲気だ。 だが外観こそ壮麗ではあるものの、硬く閉ざされた窓から覗く室内には人の気配はなく、暗く埃っぽい。 この変化のない土地のなかで唯一の変化を楽しめたのだろう広大な庭も、良く見ると 薔薇は伸びきり雑草が蔓延る荒れ様で、お世辞にも優雅とは言えない状態だった。
 その様子に、ベリルが軽い溜息を吐く。

「ま、わかってはいたが、ちょっと手入れが大変だな」
「でも格好良いよ。 凄いね、あれが僕らのお家なんだよね」

 うずうずと今にも駆け出しそうなルークの姿に、ベリルが微笑む。 そして、その背をベリルがそっと手で押して、二人並んで屋敷の入り口へと歩き出した。



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 二人が玄関前に辿り着いたとき、中に誰も居ないと思われた屋敷の扉が突然バタンと開き、少年が咳き込みながら飛び出してきた。 後ろで一つに括った赤毛が、彼の軽快な足運びに合わせて跳ねる。 両手に抱えるようにして持っているのは大きな布の山。

「げほげほ。ったく、冗談じゃないっての。なんで イキナリ掃除させらなきゃなんないんだか・・・」
「あ、ディオン!」

 ぶつぶつと呟きながら、玄関前で抱えていた布を広げようとした少年に、ルークが名前を呼びながら駆け寄る。 その声に顔をあげた赤毛の少年は、二人の姿を視線に捕らえると怒ったように声をあげた。

「あぁーー! やっと来た! オマエら言いだしっぺのくせに 遅いんだよっ!」
「よぉ、ディオン。なんだか随分お洒落じゃないか」

 赤毛についていた埃を指先で摘み取りながらベリルが揶揄すると、うるせーとディオンがその手を払った。

「ったく・・・聞いてないぜオレは。 新しい家が、こんな何年も使われてないような屋敷だなんてさ。どの部屋も埃まみれ。 掃除しなきゃ部屋にもうかうか椅子にも座れないってんで、皆で慣れない大掃除だぜ。 やること山積みなんだから、オマエらも早く手伝えよなぁ」

 やっぱりか・・・と呟くベリルを、ディオンはその深海のように青々とした瞳で睨み上げた。

「だいたい規模が小さめの屋敷ったってなー、フロアに大小10は部屋があんだぜ。俺達だけで掃除しろとか無理な話だって!」
「だからって人を雇うわけにもいかないだろ。兄弟水入らずで過ごすつもりなら」

 答えながら、ベリルの視線がちらりとルークを見た。ディオンも眉を少しだけ上げてルークを見る。
 二人の視線が自分の背中に集まっているとも知らず、ルークは開け放されたままの玄関から屋敷の中を覗き込んでいる。 玄関ホールは薄暗いが、一応ランプは灯されているようだ。 頭上のウサギ耳が、中の音を拾おうとしてか、きゅっと内側を向く。

「ねぇディオン。 他の皆も お家のお掃除してるの?」
「おう。最初は全員でキッチンからやってな。何とか使えるようになったから、そのままボレオはキッチンで茶会の準備してるけど。他の皆は、またそれぞれどっか掃除してる筈だぜ。スピネルなんて、不機嫌な顔がさらに不機嫌な顔になってたから、ありゃ後で相当 文句言われるな。覚悟しとけよー」

 そう言いながら、ディオンは持って来た布を広げて、ばさばさと振った。 どうやらどこからか持って来たテーブルクロスか何かだろうが、一振りするたびに もわっと白い埃が舞い上がる。 どれだけ年季の入ったものか、それだけで知れるというものだ。
 ディオンの近くに立っていた為に その埃をもろに被りそうになったベリルが怒る。

「こらアホ!もっと離れたところでやれ」
「へへ、いいじゃん! お上品な白猫サマに変身で、女性にさらにモテるようになるぜ?」

 冗談を言って笑うディオンをベリルが小突く。すると玄関の内側から、おやおや、とのんびりとした声が聞こえた。

「随分、賑やかですねぇ」

 姿を現したのは、三十代ぐらいの眼鏡をかけた男だった。 いかにも優しそうな、穏やかな笑みを浮かべている。片手には、大きなハタキを持っていた。その格好がなんだか嫌に似合っている。

「オクト!」

 ぴょん、とルークが男の腰あたりに飛びついた。 ハタキを持っているのとは別の手で頭を優しく撫でられて、ルークが嬉しそうにぎゅっとズボンを握る。 そのまま、オクトと呼ばれた男は表情と同じように穏やかな口調で挨拶をした。

「お久し振りです、ベリル、ルーク。元気にしてましたか」
「うん、僕は元気だよ」
「あぁ、遅れて悪かったな。他の奴らは?」

 オクトには素直に謝ったベリルの様子に、ディオンが背後でいーっと歯を見せた。

「ボレオはキッチン、シェルが庭。ディーンがあちこちの修理を。残りのメンバーで部屋を手分けして掃除しているところです」
「そうか・・・終わりそうか?」
「そうですねぇ、やっぱり兄弟12人が揃ったとは言え、今日中に屋敷掃除を終わらせるのは難しいと思います」

 オクトが笑みを絶やさないままベリルに答えると、ディオンが両腕で大きくバツマークを作った。

「ムリムリ、ぜーっったいムリ!」
「煩いぞ、ディオン」
「とりあえずは使うところから集中的に掃除しようと思ったのですが。 それでも部屋の一つ一つが小さいものじゃないので、食堂だけでも日が暮れそうなんですよ」
「ふーむ。 さすがに日が暮れると、一番の目的を達成するにはちょっとキツイな」

 ベリルの言葉に、ルークがちらりと不安そうな表情を向けた。 ベリルはそんなルークに心配はいらない、とでも言うように微笑む。

「そうだな、今日は天気もいいことだし。庭にテーブルと椅子を運び出そうか」
「おや、ガーデンパーティですか。いいですね」
「お外でやるの?ピクニックみたいで楽しそう!」
「おーっ、賛成ーっ!とにかく掃除しなくていいならいいや」

 ベリルの提案に他の3人が賛成を示す。だがベリルはディオンの額をこん、と拳で叩く。

「何言ってんだ。掃除はできるところまではやるんだよ。どっちみちボレオのケーキが焼きあがるまでは時間があるだろ」
「椅子とテーブルも運び出さないといけませんね」
「でーーっ、結局 掃除と力仕事かよーー!」

 ベリルとオクトの言葉に、山積みの作業を思い浮かべたのか、ディオンががっくりと項垂れた。


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 屋敷の中の長い廊下を歩き、玄関とはまた違う扉を開けて再び外に抜けると、ちょっとした高台のような場所にでる。 そこに広がる庭を良く見ようと前に身を乗り出したルークは、感嘆の声をあげた。

「うわぁぁ!」

 眼前に広がるものは、広大な庭園。 丁度季節を迎えた様々な種類の薔薇や、淡い紫色のクレマチス、黄色い水仙の花などが咲き乱れている。

「凄く大きなお庭! お花さんも沢山で綺麗だね、シェル!」

 ルークは振り返って栗色の巻き毛の少年に笑いかけた。 少年が微笑んで、うんと頷く。
 シェルは栗色の巻き毛にくりっと丸い若草色の瞳を持つ少年だ。 ルークよりは年上だがまだ幼さの残る外見で、健康ではあるが細い手足に白い肌で、いつも少しばかり腰が引けている。 そしてその見目通りに気が弱い。
 他人に対してはいつもどもってばかりいる彼が気楽に振舞える相手は、ルークを初めとする”兄弟達”と、動植物達ぐらいのものである。 特に植物に対しては、彼はその生態にも詳しい。
 だから、ここの庭園の庭の手入れは彼に任されたのだろう。

 庭に降りる道をルークと並んで歩きながら、シェルは庭園を見回した。

 薔薇の花は、主に庭園の中央に茂るようにして咲き乱れている。 まるで人が通ることを拒むように、あちらこちらに棘のある枝を伸ばしているけれど。 かつては丁寧に刈られて手入れされていたのだろうな、とシェルは思う。 いかにも人工的な直線で、壮大で複雑な模様を描くように庭を刈り込むのが、この時代の流行だから
 周囲には庭園を囲うように薔薇の蔦が無数に絡まったアーチが並んでいる。 さらに奥の方には大きな木々が並んでいるのが見えた


 今は歩く道さえも伸びきった草木や雑草で覆われている。 かつての家主がこの風景を見たら 荒れていると眉を顰めるだろうけれど。 シェルはこの庭を煩雑だとは思わない。 自由に成長した植物達はとても活き活きと生命力に溢れている。 何でも同じだ。押さえ付けるよりも自然の姿が美しいのだ。
 シェルは、段々と早歩きになって前へ前へと進むルークの後ろ姿を見つめた。

「お花さん、ちょっと元気がないみたい?」

 シェルより先に庭の入り口に辿り着いたルークが、首を伸ばして庭園の花を見ながら首を傾げる。
 上から見たときにはさほど気にはならなかったが、近くで見ると確かに言葉通り、花達には元気がないように見える。 それぞれが鮮やかな花を咲かせてはいるものの、まるでそれこそが重荷かのように地面に向かってしな垂れているせいだ。

「しばらく雨が降ってないみたいなんだ。だからディオンにお願いしようと思って」
「お水をあげたら元気になる?」
「うん、きっと元気になるよ」

 ルークはしな垂れた花をさらに下から見上げるような体勢で体を捻る。 長い耳が地面に付きそうな程 逆さまになったところで、シェルと目があって笑顔をみせた。 シェルが笑い返すと、また検分するかのように一つ一つの花を見比べ始める。 きっと、どの花を摘むか考えているのだろう。 それが、ルークが頼まれた手伝いだから。

 本当はルークも屋敷の掃除を手伝う気満々だったのだ。 皆が頑張っている中、自分だけ遊んでいるわけにはいかない。だから、ディオンやベリルが腕まくりするのを見て、僕は何をすればいい?と 真摯な瞳で訊ねた。 だけどまさか、まだ体の小さなルークに力仕事を頼むわけにもいかず、だけど何もしなくていいと言ったら傷つくだろう。
 どうしたものかとベリル達3人が顔を見合わせたところへ、丁度シェルがやってきた。 彼はずっと庭の様子を見ていたのだが、用事があってディオンを呼びに戻ってきたところだった。
 そのシェルの姿を見たオクトが機転を利かせて、それでは食卓に飾る花をシェルと一緒に摘んできて下さいね、とルークに頼んだのだ。 ルークは勿論 喜んで、うん!と元気に返事をした。 それがつい先刻。

 あまりに一生懸命に花を見つめているので、シェルはくすりと笑う。

「おーす、シェルー!」

 その時、陽気に彼の名前を呼ぶ声が聞こえてシェルは振り返った。 先ほど手にしていた布をもとの場所に戻してから、ディオンも庭に降りてきたのだ。

「うわー、すげぇ薔薇。 んで?オレは何をすればいいワケ?」
「うん、ディオン。水撒きの手伝いを頼んでもいい? ホースも穴だらけで、使えるのなくて困ってたんだ」
「はいはい、お安い御用ですよっと! 掃除よりはこっちの方が楽しくていいや」
「ありがと。ここ、外はポンプしかないんだ。ぼく、押してくるね」

 シェルは薔薇の絡まるアーチを潜りぬけて、その影に隠れていた水汲み場にするりと入った。 ディオンはシャツの袖を捲くりながらルークに声を掛ける。

「おーい、ルーク。そこに居ると濡れるから、ちょっと下がっとけ」

 熱心に花を眺めていたルークがぴくりと頭上の耳を揺らして、花から顔を上げた。 ディオンがちょいちょいと手招きする。 トコトコと傍に歩いてきたルークは、期待した瞳をディオンに向けた。

「ディオン、まほう使うの?」
「おう。よーくみとけよ」
「うんっ」

 水出たよー、とシェルが叫んだ。 了解、とディオンが頷いて瞼を少しだけ伏せる。 いくらもしないうちに、彼の赤毛の先がふわりと風に浮いた。 薄く目を開いて深く青い瞳をのぞかせながら、ディオンが大きく弧を描くように腕を動かす。
 その途端、水汲み場のポンプから出た水が、同じような軌跡を描いて彼らの頭上に舞い上がった。 そしてディオンがパチン、と指を鳴らすと、舞い上がった水が雨のように庭園の植物達に降り注ぐ。

 うわぁっ、とルークが楽しそうな声を漏らした。 水のカーテンの中に、赤や黄色の鮮やかな色合いの魚達が泳いでいる姿が映っているのが見えたからだ。

 きらきらと、水しぶきの中で魚達のうろこが煌く。 その魚達はしばらく自由に泳いだ後、一つところに集まり始めた。 そうして次第に輪郭を失い、お互いの色を混ぜあいながら大きな虹の姿を作り上げる。 虹は暫く揺らめいていたが、雨が降り終わると同時にぱしゃん、と水を跳ね上げる音を残して掻き消えた。

 小さな雨に周囲の地面はしっとりと濡れ、葉の上に残された雫が太陽の光を反射して宝石のように輝いている。
 ディオンが二人の観客を意識して、恭しく手を添えてお辞儀をした。 ルークがパチパチパチと、夢中で拍手をする。 興奮のあまりか、頭上の耳までもがパタパタと動いている。

「わぁーーっ!凄いね!凄く綺麗だったよ、ディオンっ」
「へへー、だろっ? ディオン君ったら、センス抜群。やること全部カッコイーから!」

 ディオンが得意そうに、鼻の下を指で擦った。
 ポンプで水を汲み上げていたシェルも二人のところに戻ってきた。 そして近くの薔薇の葉に触れ、先ほどのディオンと同じように瞼を伏せる。
 何かの音を聞くように、シェルが首を傾げると、風もないのに草花達がさわさわと囁き始めた。 そして彼らの近くから何かが染み渡っていくかのように、しな垂れていた草花がみるみると頭を持ち上げていく。 力なかった茎がぴんと伸びて、空を見上げるように花が上を向いた。
 ぴゅう、とディオンが口笛を吹く。

「お、シェルもやるなーぁ」
「うん。ディオン有難う、助かったよ」
「いやいや、これくらい朝飯前だって」
「シェル、お花さん元気になって良かったね!」
「うん、そうだね。ルークは花、持ってくんだよね。どれにするの」

 シェルに問われて自分が頼まれていたことを思い出したルークが、また真剣に花選びを開始する。
 花弁にきらきらと水滴を輝かせた花々が、帰ってきた喧騒を喜ぶかのようにそっとその体を揺らした。



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「ひゃー、こっから見ると、やっぱ無駄にでっかいよなぁ」

 庭から屋敷を見上げながら、ディオンが感心しているとも呆れているともつかない感想を零した。
 ルークの選んだ白い薔薇の棘を一本一本丁寧に落としながら、シェルが答える。

「そうだよねぇ。ぼく、最初に見たとき驚いたよ。12人とはいえ、もう少し小さくても大丈夫なのにね」
「全くだよ。おかげで 掃除にいらん時間が かかってさー。 これからだって、使うなら手入れしなきゃだろ? まったく オッサンが見栄を張るからこっちが大変だっての」

 ディオンは大げさに首を竦めてみせながら首を振った。
 ちなみに、彼の言うオッサンとはベリルのことである。 世界広しと雖も、ベリルのことをオッサン呼ばわりするのはこのディオンぐらいのものである。

 シェルが白薔薇を掲げて、残った棘がないか確かめながら呟く。

「見栄とかそういう問題なのかなぁ・・・」
「そうに違いないって。どうせ この屋敷だって、ベリルと仲良ぉーーっく、してるご婦人方の紹介なんだろ」

 そこまで言って何かに気づいたのか、ははーん、と訳知り顔でディオンは口元を持ち上げる。

「もしかしたら丸々プレゼントして貰っちゃったのかも。 いつものお仕事の報酬で。 だったらオレら、兄弟でココに住んでいいものか考えもんだよな。 それが本当ならそのご婦人、ここでオッサンとより親密な関係になりたいって思ってるのかも知れないし」

 本人が居ないのをいいことに、次々と軽口を叩くディオンにシェルが苦笑する。 二人とも、傍できょとんとした顔をしているルークには気が付かない。

「そんなまさか。だって此処を買うのにオクトとか、ボレオとか・・・お金のことで相談されたみたいだよ」
「え、そうだったの!? なんで頼れるディオン君には全く相談が無いワケ?」
「・・・お金持ってるように見えないからじゃない?」
「そ、そりゃ・・・確かに定職はありませんけれども。 大変だって言うなら、新聞配達でも 何でもして稼いだってのに! 水臭いなぁ!」

 ディオンが地団駄を踏みながら拳を振り回す。 と、それまで黙ってじっと二人の会話を聞いていたルークが、ディオンの服の裾をくいくいと引っ張った。

「ねぇ、ディオン」
「うん?なんだルーク」

 振り返ったディオンに、ルークが首を傾げながら問う。

「あのね、小さくても大きくても、ものを買うのにはお金が必要なんだよね」
「まぁ、そうだな」
「それで、お金を貰うには、働かなくちゃいけないんでしょう?」
「大概はな」
「でも僕らのいつものお仕事だと、お金は貰えないんだよね」
「あー、夢の中だしなぁ」
「だったら・・・」

「だったら、ベリルは他に・・・何のお仕事をしてお金を貰ってるの?」

 ディオンとシェルの二人の動きが止まった。

「だってね、僕のこの服もベリルが買ってくれたんだよ」

 自分が着ている青いセーラー服を指しながら、ルークが言う。 子供服としては珍しくないデザインだが、良く見ると生地はそこそこ上等なものが使われているということが傍の二人にもわかった。 それほど安くはないだろう。
 回答に困って、ディオンの目が泳ぐ。 ルークは真剣な瞳を真っ直ぐ彼に向けて、回答を待っている。 なんと言ったものかと、ディオンはうーん、と低く唸った。

「オッサンはな・・・女性に愛を・・・じゃない、えーと・・・そう! 女性への奉仕活動をしている!」
「ほうしかつどー?」
「ちょ、ちょっとちょっとディオン・・・っ!」

 ルークはきょとんと繰り返し、シェルは驚いて持っていた白薔薇を振り上げてディオンを止めようとした。

 正直なところディオンもシェルも、ベリルがどうやって日々の生活費を稼いでいるかなど詳しく知りはしない・・・というよりは、想像の範囲のことならば、あまり詳しく聞きたくはないというのが本音だが。
 その、想像の範囲でのベリルの仕事をディオンは遠まわしに回答したつもりだった。 しかし、ルークには理解はできないだろうが、かなりストレートな表現である。 大人組がここに居たら、大層 眉を顰めたことだろう。 勿論、ベリル本人が聞いていたらそれどころではない。

「だ、だから、夫に先立たれたりして寂しい女性をな、慰めたり、励ましたり・・・」

 しどろもどろで当たり障りなく回答しようとするも、話せば話すほど墓穴を掘ってしまっているディオン。 シェルが白い目を向けながら、隣で溜息をついた。

「えぇっと、だから! 女性に優しい紳士的な仕事だよ!」

 ディオンはもう、どうにでもなれ、とでもいうように乱暴に言い切って終わる。

「ふーん、そうなんだ。ベリルは皆に優しいんだ・・・あは。やっぱりベリルは格好良いんだね!」

 ディオンの怪しい説明でもルークは何だか満足したらしい。 嬉しそうに にっこり笑ってそう言った。 それに返ってきたのは、そーだなー・・・、という力ない声だけだったが、特に気に留めはしなかった。
 シェルが棘を落とし終わった薔薇で口元を隠しながら、ひっそりとディオンに囁く。

「あーあ・・・また、そんなことルークに教えちゃって。ぼくは知らないからね」
「だ、だいじょーぶ、だいじょーぶ!だってホントのことだし。遅かれ早かれ気づくだろっ」

 ディオンは笑いながら、振り切るように明るく言ったが、内心 冷や汗まみれだった。
 ルークはシェルから薔薇の束を受け取って、飛び跳ねるような軽い足取りで庭園を見回り始めた。 背の高い薔薇の垣根に、ルークの姿が隠れては現れる。その様子を眺めていたシェルの顔が、少しばかり強張る。
 胸の奥が、きゅっと締め付けられるような気がした。

「なんだか・・・懐かしいような気がする」
「・・・だな」

 シェルの呟きに、ディオンが真面目な瞳で同意した。

「ディオンもそう思う?・・・僕さ、この屋敷を見たとき、ここに来たのが初めてじゃないような気がしたんだよね。この庭もそう・・・こうなる前の、良く手入れされていた頃の姿が、まるで見てきたみたいに思い浮かぶんだ。なんでだろう?」

 珍しく言葉の多いシェルに、つまらなさそうな表情でディオンは首を振った。

「さぁな。 でもそういうのって、同じじゃなくても少し似てたら感じたりするじゃん。 別に珍しい造りでもなし。長い人生、同じような屋敷や庭園を目にしたこともあるんじゃねぇの?」

 そういうことかな・・・とシェルは、少し落胆を見せる。

 実は、ディオンもシェルと同じようなことを感じてはいた。 それは愛しいような、だけど、苦しいような複雑な感情。 何故なのか確かめたいような気もしたが、彼にしては珍しく躊躇いの方が勝った。
 大切だから。もっと丁寧に扱わないといけない。

 そんなわけでつい、シェルに対してそっけない態度をとってしまった。
 しばし、気まずい沈黙があった。それを破ったのは、ルークが二人を呼ぶ声だった。

「ディオンー!シェルー!!」

 いつの間にそこまで行ったのか、ルークは庭園の端から二人に向かって笑顔で手を振っている。 翳りなど全く無い純粋なその笑顔。 胸に少しだけあった塊がするするとほぐれて、ディオンもシェルも自然と笑顔になった。
 ルークが手を振るたびに、金の髪が太陽の光を反射して鈍く輝く。 緑、赤、青、白・・・眩しいばかりの光の下、色は霞んで透き通り、遠ざかる。

 ただ一つ、その金色だけが鮮やかに瞼に焼きついた。

 あぁ、今度こそきっと。

 そう、誰かが小さく呟いた。


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プロフィール
HN:
樟このみ
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
ファンタジーでメルヘンで
ほんわかで幸せで
たまにダークを摘んだり
生きるって素晴らしい

かわらないことは創作愛ってこと

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