忍者ブログ
RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
[54]  [55]  [56]  [57]  [58]  [59]  [60]  [61]  [62]  [63]  [64
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 屋敷の中の長い廊下を歩き、玄関とはまた違う扉を開けて再び外に抜けると、ちょっとした高台のような場所にでる。 そこに広がる庭を良く見ようと前に身を乗り出したルークは、感嘆の声をあげた。

「うわぁぁ!」

 眼前に広がるものは、広大な庭園。 丁度季節を迎えた様々な種類の薔薇や、淡い紫色のクレマチス、黄色い水仙の花などが咲き乱れている。

「凄く大きなお庭! お花さんも沢山で綺麗だね、シェル!」

 ルークは振り返って栗色の巻き毛の少年に笑いかけた。 少年が微笑んで、うんと頷く。
 シェルは栗色の巻き毛にくりっと丸い若草色の瞳を持つ少年だ。 ルークよりは年上だがまだ幼さの残る外見で、健康ではあるが細い手足に白い肌で、いつも少しばかり腰が引けている。 そしてその見目通りに気が弱い。
 他人に対してはいつもどもってばかりいる彼が気楽に振舞える相手は、ルークを初めとする”兄弟達”と、動植物達ぐらいのものである。 特に植物に対しては、彼はその生態にも詳しい。
 だから、ここの庭園の庭の手入れは彼に任されたのだろう。

 庭に降りる道をルークと並んで歩きながら、シェルは庭園を見回した。

 薔薇の花は、主に庭園の中央に茂るようにして咲き乱れている。 まるで人が通ることを拒むように、あちらこちらに棘のある枝を伸ばしているけれど。 かつては丁寧に刈られて手入れされていたのだろうな、とシェルは思う。 いかにも人工的な直線で、壮大で複雑な模様を描くように庭を刈り込むのが、この時代の流行だから
 周囲には庭園を囲うように薔薇の蔦が無数に絡まったアーチが並んでいる。 さらに奥の方には大きな木々が並んでいるのが見えた


 今は歩く道さえも伸びきった草木や雑草で覆われている。 かつての家主がこの風景を見たら 荒れていると眉を顰めるだろうけれど。 シェルはこの庭を煩雑だとは思わない。 自由に成長した植物達はとても活き活きと生命力に溢れている。 何でも同じだ。押さえ付けるよりも自然の姿が美しいのだ。
 シェルは、段々と早歩きになって前へ前へと進むルークの後ろ姿を見つめた。

「お花さん、ちょっと元気がないみたい?」

 シェルより先に庭の入り口に辿り着いたルークが、首を伸ばして庭園の花を見ながら首を傾げる。
 上から見たときにはさほど気にはならなかったが、近くで見ると確かに言葉通り、花達には元気がないように見える。 それぞれが鮮やかな花を咲かせてはいるものの、まるでそれこそが重荷かのように地面に向かってしな垂れているせいだ。

「しばらく雨が降ってないみたいなんだ。だからディオンにお願いしようと思って」
「お水をあげたら元気になる?」
「うん、きっと元気になるよ」

 ルークはしな垂れた花をさらに下から見上げるような体勢で体を捻る。 長い耳が地面に付きそうな程 逆さまになったところで、シェルと目があって笑顔をみせた。 シェルが笑い返すと、また検分するかのように一つ一つの花を見比べ始める。 きっと、どの花を摘むか考えているのだろう。 それが、ルークが頼まれた手伝いだから。

 本当はルークも屋敷の掃除を手伝う気満々だったのだ。 皆が頑張っている中、自分だけ遊んでいるわけにはいかない。だから、ディオンやベリルが腕まくりするのを見て、僕は何をすればいい?と 真摯な瞳で訊ねた。 だけどまさか、まだ体の小さなルークに力仕事を頼むわけにもいかず、だけど何もしなくていいと言ったら傷つくだろう。
 どうしたものかとベリル達3人が顔を見合わせたところへ、丁度シェルがやってきた。 彼はずっと庭の様子を見ていたのだが、用事があってディオンを呼びに戻ってきたところだった。
 そのシェルの姿を見たオクトが機転を利かせて、それでは食卓に飾る花をシェルと一緒に摘んできて下さいね、とルークに頼んだのだ。 ルークは勿論 喜んで、うん!と元気に返事をした。 それがつい先刻。

 あまりに一生懸命に花を見つめているので、シェルはくすりと笑う。

「おーす、シェルー!」

 その時、陽気に彼の名前を呼ぶ声が聞こえてシェルは振り返った。 先ほど手にしていた布をもとの場所に戻してから、ディオンも庭に降りてきたのだ。

「うわー、すげぇ薔薇。 んで?オレは何をすればいいワケ?」
「うん、ディオン。水撒きの手伝いを頼んでもいい? ホースも穴だらけで、使えるのなくて困ってたんだ」
「はいはい、お安い御用ですよっと! 掃除よりはこっちの方が楽しくていいや」
「ありがと。ここ、外はポンプしかないんだ。ぼく、押してくるね」

 シェルは薔薇の絡まるアーチを潜りぬけて、その影に隠れていた水汲み場にするりと入った。 ディオンはシャツの袖を捲くりながらルークに声を掛ける。

「おーい、ルーク。そこに居ると濡れるから、ちょっと下がっとけ」

 熱心に花を眺めていたルークがぴくりと頭上の耳を揺らして、花から顔を上げた。 ディオンがちょいちょいと手招きする。 トコトコと傍に歩いてきたルークは、期待した瞳をディオンに向けた。

「ディオン、まほう使うの?」
「おう。よーくみとけよ」
「うんっ」

 水出たよー、とシェルが叫んだ。 了解、とディオンが頷いて瞼を少しだけ伏せる。 いくらもしないうちに、彼の赤毛の先がふわりと風に浮いた。 薄く目を開いて深く青い瞳をのぞかせながら、ディオンが大きく弧を描くように腕を動かす。
 その途端、水汲み場のポンプから出た水が、同じような軌跡を描いて彼らの頭上に舞い上がった。 そしてディオンがパチン、と指を鳴らすと、舞い上がった水が雨のように庭園の植物達に降り注ぐ。

 うわぁっ、とルークが楽しそうな声を漏らした。 水のカーテンの中に、赤や黄色の鮮やかな色合いの魚達が泳いでいる姿が映っているのが見えたからだ。

 きらきらと、水しぶきの中で魚達のうろこが煌く。 その魚達はしばらく自由に泳いだ後、一つところに集まり始めた。 そうして次第に輪郭を失い、お互いの色を混ぜあいながら大きな虹の姿を作り上げる。 虹は暫く揺らめいていたが、雨が降り終わると同時にぱしゃん、と水を跳ね上げる音を残して掻き消えた。

 小さな雨に周囲の地面はしっとりと濡れ、葉の上に残された雫が太陽の光を反射して宝石のように輝いている。
 ディオンが二人の観客を意識して、恭しく手を添えてお辞儀をした。 ルークがパチパチパチと、夢中で拍手をする。 興奮のあまりか、頭上の耳までもがパタパタと動いている。

「わぁーーっ!凄いね!凄く綺麗だったよ、ディオンっ」
「へへー、だろっ? ディオン君ったら、センス抜群。やること全部カッコイーから!」

 ディオンが得意そうに、鼻の下を指で擦った。
 ポンプで水を汲み上げていたシェルも二人のところに戻ってきた。 そして近くの薔薇の葉に触れ、先ほどのディオンと同じように瞼を伏せる。
 何かの音を聞くように、シェルが首を傾げると、風もないのに草花達がさわさわと囁き始めた。 そして彼らの近くから何かが染み渡っていくかのように、しな垂れていた草花がみるみると頭を持ち上げていく。 力なかった茎がぴんと伸びて、空を見上げるように花が上を向いた。
 ぴゅう、とディオンが口笛を吹く。

「お、シェルもやるなーぁ」
「うん。ディオン有難う、助かったよ」
「いやいや、これくらい朝飯前だって」
「シェル、お花さん元気になって良かったね!」
「うん、そうだね。ルークは花、持ってくんだよね。どれにするの」

 シェルに問われて自分が頼まれていたことを思い出したルークが、また真剣に花選びを開始する。
 花弁にきらきらと水滴を輝かせた花々が、帰ってきた喧騒を喜ぶかのようにそっとその体を揺らした。



Back << Top >> Next


PR
忍者ブログ / [PR]

バーコード
ブログ内検索
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
樟このみ
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
ファンタジーでメルヘンで
ほんわかで幸せで
たまにダークを摘んだり
生きるって素晴らしい

かわらないことは創作愛ってこと

管理人に何か言いたいことなどあれば
メールフォームをご利用下さい。
最新CM
[08/08 いつか]
[06/29 いつか]
最新TB
カウンター