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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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それはとても幸せないつかの夢



【1-1:The Golden Afternoon 01】



 パチン、と何かが小さく弾けるような音を聞いて、幼い少年ははっと顔をあげた。 その目に見えたのは、街角の雑貨屋のガラス張りのショーウィンドウにうつった自分の顔。 きょとんと 間の抜けた顔で、こちらを見つめ返している。
 年の頃は8歳程度。 子供らしくぷっくりとした弾力のある頬に、小さいけれど筋の通った鼻。 大きくて紅玉のように赤い瞳。 金の髪には癖があって、毛先がぴょんと跳ねている。

「あれ、僕・・・・」

 彼がおそるおそる片手を持ち上げると、ガラスに映った自分も同じように片手をあげて、頬に触れた。
 なんだか今、自分が違うものであったような気がしたけれど。 ガラスにうつっている自分の姿は、いつもとなんら変化はない。
 少しばかり首を傾げて、もう一度 自分の姿を確かめようとした瞬間、背後でガラガラと大きな音がした。 驚いて飛び上がってしまってから振り返ると、背後に停車していた2頭立ての馬車が駆け出したところだった。

「あ」

 追いかけようとすると、突然に視界が真っ暗になった。わ、と小さく叫んで、彼は慌てて視界を覆った物をつかんでぐいと上に引き上げる。
 彼の視界を覆ったのは 彼の頭の上にのっていた黒いトップハットだった。 それは子供の頭には少しばかり大きくて、偶にこうして彼の頭をずり落ちて視界を遮ってしまうのだ。

 間に合わずに走り去っていく馬車を横目で見て、少年はため息をつく。 そしてもう一度 雑貨屋のショーウィンドウに向き直り、ずれたトップハットをきちんと かぶりなおした。

「僕がもう少し大きかったらなぁ・・・」

 小さな頬が、不服そうに膨れる。 しかしその仕草が自分でも あまりにも子供っぽいと思ったので、彼は直ぐに表情を元に戻してなんでもない風を装った。 実際、彼はどうみても子供だったが、そう見られることが時折不満らしい。
 小さくため息をついて、もう一度 背後を振り返る。 雑踏を見渡し、行きかう人々の中に視線を投じた。

「ベリル・・・・・・遅いなぁ・・・」

 求める人影が見当たらなくて 彼が足元の石畳を爪先で軽く蹴った矢先、聞きなれた声が聞こえて少年はぱっと顔をあげた。

「ルーク」

 声が少年の名前を呼んだ。
 その声の聞こえた方向、視線は迷うことなく一人の青年に据えられる。 彼に向かってゆっくりと歩いてくる、黒髪の青年だ。 年の頃は二十代半ば。 人ごみのなかにあっても目をひくのは、彼がすらりとした長身の持ち主という理由だけではない。

 丁寧に後ろに撫で付けられた癖のない黒髪、体を包む上等な布で誂えられた三つ揃えのスーツ。 ゆったりと歩く様は優雅で気品が有り、卑しくない身分であることを予想させる。 さらには、きりりと切れ長の双眸さえも上品な金色で。 とにかく文句のつけようの無い程、顔の整った青年なのだ。
 その証拠に、道行く貴婦人達が時折 彼の顔をみては溜息をついている。
 そんなことがなんとなく誇らしくて、少年は嬉しくなる。

「ベリルっ!」

 青年が辿り着くのを待ちきれず、ルークは青年に駆け寄ると そのまま飛びついた。
 ベリルと呼ばれた青年は慌てる様子もなく、街角で足を止めて少年が彼に抱きつくのを待つ。 視線をちょっとだけ下にずらして、そしてやんわりと微笑んだ。 端整な顔に浮かべられたその笑みはあまりにも完璧で、偶々通りがかってその表情を視界に入れた貴婦人達が足を止めて赤面してしまったほどだった。

「随分待たせたな。悪かった」

 ベリルが視線を待ち行く人々に合わせたまま、軽く目を伏せるようにして謝る。 ルークはぶんぶんと力いっぱい顔を振って否定した。

「ううん、僕、大丈夫。ちゃんと待ってたよ。それよりベリルもちゃんと用事、済ませられたの」
「あぁ。もう大丈夫だ。 全部 終わった」

 よかったね、とルークが笑いかけると、ベリルは少しだけ困ったように眉を寄せて、だけど穏やかに 微笑んで返した。 ルークは待ちきれない様子で、ベリルの手を引っ張るようにしてぴょんと跳ねる。

「じゃあ、皆のところに行くんだよね」
「そうだな」

 そのとき、通りにまた新たな馬車がやってきて止まった。 ここで、乗客を待つのだ。 ルークはその馬車をじっと見つめる。

「乗りたいのか?」
「え・・・あの、僕。別に・・・」

 ルークは恥かしそうに身を縮めた。あまり町に降りることのない彼には、何もかもが物珍しく興味を引かれるのだろう。 ベリルは懐中時計を懐から取り出し、軽く時間を確かめてパチンと蓋を閉めた。

「ちょっと遠いが、頼んで行けないことはないな」
「え?」
「ま、多少遅れても あいつらなら融通が利くから大丈夫だろ」
「それって、馬車に乗って行くってこと?」

 ベリルが頷くと、再びルークはぱっと顔を輝かせ、頭上のトップハットを押さえて馬車へと駆けた。 嬉しくて仕方がないらしい。
 そんな幼い後姿を見つめていると、どうしても顔が緩んでしまう。 ベリルは業とらしく堰をして顔を引き締めると、御者と交渉する為にルークの後を追った。


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