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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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 途中で通りかかった廊下・・・昨夜、大騒ぎをした場所は元通り・・・とまではいかないが、それなりに綺麗にはなっていた。辺りに散在していた破片は一箇所に纏められ、割れた窓には不恰好な木の補強があてられている。その補修された窓の下にもう一山、転がっている巨大なゴミ。
 こいつが居ることを完全に忘れていた。哀れ、フェイズにはなんの関心も持たれなかったらしいそれは、俺が近付く気配を察知したのかのろのろと顔を上げる。

「一応、真面目に掃除したみたいだな」
「・・・うるせぇ・・・」

 屈んで揶揄うと、狼野郎は首だけを上げた状態で弱々しく牙をむいた。タフな奴でも、一晩中一人で片付けをさせられてさすがに疲れたらしい。だが労わってやろうとは思わない。そもそも自業自得だからな。



 昨夜、来たときと同じように窓から出て行こうとした狼野郎の肩を、俺はしっかりと掴んだ。毎度毎度、城を破壊するだけ破壊して逃げられたんでは堪らないからな。

「お前な、帰る前にこれを片付けていけ」

 俺が辺りを指し示すと、狼野郎はぽかんとだらしなく口を開いた。周囲に散在するのは、破壊された窓、激闘で壊れた壁、そして石像の破片。そして、やっと理解したのか目を見開いて反論する。

「はぁ!?なんで!?半分はアンタだろ!?いやいや、一番散らかしたのはそいつだろ!?」

 奴がフェイズを指差す。確かに、フェイズが投げた石像の被害が一番デカイ。だが俺はその腕を叩き落としてから、逆に人差し指を奴に突き立てた。

「全部、お前が勝負を挑んできた結果だ。明日の朝までに片付けとけ」
「朝!?巫山戯・・・・・っ」

 文句を言おうとしたらしき言葉は途中で止まり、奴は顔を青ざめさせて一斉に毛を逆立てた。さすがに、見えなくても勘は良いらしい。奴の背後にはこの城の使用人が二人、静かに佇んで冷気を送っている。

 使用人といっても、只の使用人じゃない。この城に住む俺たちが人間でなければ、勿論使用人も人間ではないのだ。彼らは実体がなく、普通の人間には見えない存在・・・所謂ゴースト。

 実体がないのにどうして使用人として成り立つかと言えば、彼らが魔力を有しているから。彼らの魔力を持ってすれば触れられなくても大抵のことはできる。しかも、この城に無数にいるゴースト達の魔力をあわせたら、俺の魔力だって遥かに越えてしまうぐらい、彼らの力は強い。やろうと思えば、城一つをふっとばすぐらいは朝飯前だろう。

 ただ、有り難いことにゴースト達は主に忠実だ。いつも無表情のため感情があるのかどうかは詳しくは知らないが、彼らは文句一つ零すことがない。彼らはこの城のいたるところで、城に住む者達の世話をする。食事、掃除、そして行きたい方向へと廊下の燭台の火を燈すことまで。

 知る由もないだろうが、あの二人の傍にもずっと憑いている。

「・・・わかったか?うちの使用人達が、ちゃんと見張ってるからな。逃げたり、手を抜いたりするなよ?」

 俺が念を押すと、奴は毛を逆立てたまま牙を見せて唸る。心なしかいつもより弱々しい。

「・・・この野郎・・・覚えてろよ・・・」

 今まで見逃していてやったんだから、感謝して欲しいくらいだ。俺は、わざと優美に微笑んで見せる。本来なら、女性にしか向けないようなとっておきの微笑。全くもって大サービス。

「これに懲りたら、せいぜい大人しくしてることだな、ワン公」

 折角の微笑もあいつの癇に触れたらしく、さらに牙を剥いて狼らしく吼えてきた。
 贅沢な奴だ。

「てめぇ・・・いつか本当に、ぶっ殺す・・・!!」

 吼えたところで周囲を使用人達に囲まれて逃げることはできなかった奴は、俺とフェイズがいなくなった後、真面目に城の掃除をしていたようだ。



 俺が昨夜のことを反芻していると、奴は自分の背を指差して唸った。

「ちゃんとやったんだ、早くこいつ等をどかしやがれ」

 口調にいつものような覇気はない。ゴーストに憑かれたのか、掃除に疲れたのか・・・。あるいは両方か。なんにせよ、十分堪えたようだ。

「本当は完全に元通りにしろといいたいところだったが。まぁ、これで許してやるか」

 俺は右手を上げて、ゴースト達に合図を送る。使用人達がふわりと狼野郎から離れた。奴は露骨にほっとした顔をしたが、すぐに驚愕で固まる。奴の傍らで、集められた破片がふわふわと元の位置に戻り始めたからだ。

「・・・な、なんだと・・・!?」

 次々と浮かび上がって有るべき場所に戻っていく破片を狼野郎が目を見開いて見つめている間に、城の優秀な使用人達は壊れた部分をあっという間修復していった。
 窓も壁も、勿論、フェイズが投げたイルカの石像も。まるで何事もなかったかのように、完全に元通りだ。周囲には塵一つ見当らない。

 狼野郎が掠れる声を絞り出した。

「・・・てめぇ・・・もしかして、ハナッから・・・」

 俺はにやりと笑う。
 そう、本当は別にこいつに掃除なんとさせずとも、ゴースト達の力をもってすれば一瞬で片付いたことだ。

「これで懲りたか?」

 奴は肩を震わせていたが、やがてがっくりと項垂れた。どうやら憤る気力もなくなったらしい。

「・・・覚えてろ!」

 バカの一つ覚えのようなセリフを吐いて、前のめりにばたりと倒れ込む。そして聞こえきたのは可愛くない寝息・・・。眠ったらしい。
 ったく、こんなところで寝られたら邪魔でしょうがないだろうが。

「どこかの部屋に運んどいてくれ」

 俺が言うと、邪魔な巨体はふらふらとどこかへ運ばれていった。
 それを見送った俺の背後。甲高い怒鳴り声が廊下中に響き渡った。

 俺は思わず頭を抱えたくなる。

 ・・・そうだ、城が綺麗になっても、こっちは片付いちゃいなかった。



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 俺が行くと、部屋の前ではフェイズとリィンが押問答をしていた。風邪だというリースは、熱があるらしくまだベッドで寝ているようだ。
 フェイズに対してヒステリックに叫んでいるリィンを見ると、彼女の顔色も先日より格段に悪い。疲労と心労と・・・具合が悪いのはリィンも同じと見える。もしかしたら、昨夜は寝ていないのかもしれなかった。

 だが、病人の居る部屋の前で大騒ぎ。俺が言うのもなんだが、あまり感心できない。

「近寄らないで!入ってこないで!!昨日のこと、私はまだ許してないんだからっ!」

 扉を開けようとするフェイズに内側から全体重で逆らいながら、リィンが叫んでいる。顔色の悪さに比べて、威勢のよさは昨日から変わらない。だが、フェイズは全く動じることなくいつもの飄々とした調子のまま、扉を抑えている。リィンの必死の抵抗に比べて、こちらは涼しい顔だ。

 やっぱり対照的な・・・気のあわなそうな二人だよな。

「昨日のこと?昨日のことって何」

 フェイズの のほほんとした切り返しが余程気に食わなかったと見える。リィンはさらに大声で怒鳴りつけた。

「とぼけないで!」

 石像をもぎ取るような奴に力では敵わないと判断したんだろう。リィンはノブから手を放すと、部屋から飛び出してフェイズに詰め寄った。

「あ、あなた、昨日はリースにあんなことした癖に・・・・・・っ!!さっきは・・・っ。信用できないのよ!」

 あんなこと・・・フェイズがリースにキスした時の話だろう。だがフェイズはそれを覚えていない。
 だから、彼は首を傾げながら尋ねた。

「リースって、誰?」

 さすがにこの問いは頂けなかった。俺だって、リィンの立場だったなら怒るに違いない。

 ぱしんっ!

 小気味良い音が響く。

 あーあ・・・・・・。まぁ、確かに、状況を知らない者が見れば、悪いのはフェイズの方だと判断するだろう。リィンはフェイズの頬を叩いた手を翳したままフェイズを睨んでいる。

「あなたって、本当にサイテ―だわ!!」
「・・・・・・?」

 フェイズは何がなんだか分からない様子で往生している。物凄く面倒な状況だが、放っておくわけにも行かないので、俺は嫌々ながら仲裁に入ることにした。

「おいおい、病人の居る部屋の前で何を騒いでるんだ」

 今初めて、俺がいることに気が付いたんだろう。リィンは ぱっと顔を上げ、そして同じように俺のことを睨みつけた。

「どうしてリースが病気だって知ってるの?」

 ・・・しっかりしてる。俺は無言のまま肩を竦めて、扉の前に歩み寄った。すると、リィンが立ちふさがるように扉の前に立って、俺の目の前に手をさっと翳した。

「寄らないで!!」

 目の前に突き出された手には何か握られている。

「十字架?」

 その形を認識したフェイズが呟く。
 彼女の手の中にあるのはペンダントタイプの十字架。それほど大きくはない。まさか部屋にあったとは思えないから、彼女自身の持ち物だろう。
 やれやれ。
 俺は軽くため息をつくと、十字架ごとリィンの手を握り締め、顔を近づけて言った。

「舐められたもんだね。そんな清められてもいない十字架に効果があるとでも?」
「そんな・・・」

 彼女はショックを受けたようだが、すぐに俺の手を振り払った。そして踵を返して部屋の中へ駆け込む。後を追って、フェイズが扉を大きく開いた。リィンはリースの寝ているベッドを俺達から庇うようにして立っている。さすがに先ほどのような大声は出さないが、口調は刺々しい。

「近寄らないでって言ってるでしょ?嫌なら関わらないって言ってたじゃない」
「まぁ、いろいろと事情は変わるんでね」

 リィンは驚くほど鋭い視線を投げてくる。気が強いのは嫌いじゃないが、これほど憎まれてる様子だと渡り辛い。

「事情って何よ?」

 どこから話すか、俺は慎重に言葉を探す。だが、俺が口を開くより先に、フェイズが口を開いた。

「そっちの子は、本当に病気なの?」

 フェイズの言葉に、リィンがビクリと震える。リィンの背後のベッドではリースが静かに横たわっていて、額にはリィンが載せたのか濡れたタオルがあてられている。

「・・・そうよ」

 リィンが顔を歪めて、苦しそうに肯定する。リースの様子を見ようと足を踏み出した俺達を、リィンが再び遮った。
 リィンは小柄だから、俺達とはかなりの体格差がある。しかも1対2。腕力的にも体力的にも、どう抗ったところで勝てないことは彼女だって分かっているだろう。
 だが、絶対的に不利な状況でも彼女は屈しない。翠の瞳は相変わらず、俺たちを射抜く視線を放っている。

「・・・やっぱり、貴方達の仕業なの?」
「は?」

 突然の言葉に戸惑う俺達に向かって、リィンはもう一度、確信を込めて言った。

「貴方達がリースを病気にしたのね?」



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 全く身に覚えの無い疑いだ。

「何故そんなことを?俺達がその子を病気にしてメリットがあるとでも?」
「だって貴方も吸血鬼だもの」

 リィンが強く言い切る。

「それは理由にならない」
「立派な理由だわ!!だって、アイツは・・・っ!!」

 俺の返しに、リィンが語気を荒げる。口調の強さに反して、顔は泣きそうに歪んでいる。

「私達の村を襲った吸血鬼は、逆らった人達を病気にした・・・!!皆どんどん倒れて・・・お医者様でも治せなくて・・・!私達の父さんと母さんも・・・・・・っ」

 語尾が震えた。
 どうやらリィンの村を襲った吸血鬼は、かなり悪趣味な奴らしい。捕らえた獲物を直ぐには殺さず、手のひらの上で弄んで心身ともに追い詰める。
 俺の嫌いなタイプだ。

 潤んだ翠の瞳が俺を睨み上げ、固めた拳に胸を強く叩かれる。

「リースに・・・!リースにまで何かあったら、あんた達だって只じゃおかないんだから・・・!!!」

 見下ろす俺を怯まず見返す。何ができるとも思わないが、その言葉は冗談じゃないだろう。
 つくづく、たいしたもんだ。

「リィン、落ち着けよ。俺はお前等に何もしてない。リースの病気は俺じゃない」

 リィンの疑うような眼差しに対して、俺は両手の平を掲げて見せる。

「言っただろ、なんでもかんでも一緒にするな。況してやそんな悪趣味な奴と。第一俺は」
「・・・リ・・・ン」

 俺の言葉が終わる前に、掠れた声が呼びかけた。リィンが弾かれたように振り向く。ベッドに駆け寄り枕元に膝をつくと、伸ばされた手をしっかりと握った。

「リース、リース!あぁ、無理しないで」

 リースの白かった肌は熱のために朱に染まり、吐き出される息は重い。何か言おうとしたようだが、それは声にはならなかった。風邪にしても、相当具合が悪そうだ。リィンが、村の病とやらを思い出し不安になった気持ちも分かる。

「アレックス」

 フェイズが俺の名を呼んだ。

「あぁ、わかってるよ」

 仕方ない。こういうのは柄じゃないんだが、今日は特別だ。
 俺はリースに手を翳した。その手をリィンが掴む。

「何をするの?」
「安心しろ。完全には無理だが、風邪ぐらいの病気なら治してやれる」
「え・・・」

 リィンは突然の申し出に躊躇っている様子だ。先程まで憎しみを向けていた相手だ。簡単には信じられないとは思うが・・・。

「危害を加えるつもりだったら、ここまで放っておきやしないさ。信じろ」

 それでもリィンはしばらく逡巡していた。俺が静かに答えを待っていると、翠の瞳が俺の瞳に向けられた。視線を逸らさずにしっかりと見つめ返してやると、リィンはやっと、しぶしぶと言った感じで俺の手をゆっくり離した。しかし、牽制は忘れない。

「リースに酷いことしたら、絶対許さないから」

 俺は苦笑して、改めてリースの額に手を伸ばす。

 ところが。

 リースの額に俺の手が触れるか触れないかといった時、突然、バチっと大きな音をたてて光が弾けた。同時に焼けるような痛みが俺の手に走る。

「・・・っ!?」

 俺は反射的に手を引いた。
 リィンが何が起こったのか理解できない様子で俺を見る。
 フェイズだけが特に動じた様子もなく顎に手を添えて傍観していた。

 俺は自分の手に視線を落とす。対したことはないが、手のひらが焼けている。

 今のは、強い拒絶の力だった。
 俺が使おうとした魔力に、何かが反発したのだ。

「な、何・・・?」

 困惑顔のリィンに、フェイズがもしかして、と切り出す。

「君、さっき十字架持ってただろ?この子も持ってる?」
「・・・え?えぇ・・・私と同じものを」
「・・・だってさ、アレックス」

 フェイズが苦笑しながら俺を見た。
 俺は思わず呻く。

 先程、リィンの持っていた十字架は、俺には効かない。何故ならあれは、清められた十字架ではないからだ。リィンにはあまり信仰心がないのだろう。だが・・・。
 俺は、苦しそうに眠るリースに視線を落とす。

 清める。そう言っても、何か堅苦しい儀式が必要なわけではない。
 必要なのは・・・祈り。

 純粋な魂が神を信じ、祈りを捧げることが、清めるということなのだ。
 毎日祈りを捧げられれば、どうってことない物でも聖なる魔力を帯びる。特にそれが十字架とか聖杯とか、神聖なるシンボルならば可能性はもっと高いだろう。しかもずっと身に付けているものなれば。

「この子の方は、随分と信仰心が厚いみたいだね」
「・・・苦手なタイプだ・・・」

 聖なる力は、モンスターである俺達が持つ魔力とは正反対の力だ。
 だから、先ほど俺の力に対して強い反発を示したのだろう。例え十字架を外したとしても、本人が信仰心が強いなら結果はあまり変わらない。

「治せない・・・?」

 リィンが不安そうに呟く。
 ただの風邪だろうから、そんなに心配することはないと思うが。

「リィン、お前が間に入れ」

 俺は焼けたのと反対の手をリィンに差し出す。

「間?」
「お前はどちらの力にも属していないから。お前を中継して魔力を送れば拒絶されないはずだ」

 そう言うと、リィンは素直に俺の手に自分の手をのせた。俺の促すまま、もう一方の手をリースの額にそっと添える。

「ついでにお前の疲労もとってやるから、しっかり受け取れよ」

 慣れない回復の魔法ではあったが、効果はそれなりにあったらしい。

 手を離す頃にはリースの頬に少しだけ健康的な色が戻ってきており、呼吸も先ほどよりはずっと軽くなっている。安定した寝息が聞こえてきて、リィンがほっと安堵の息を吐いた。

「リース・・・よかった・・・」

 リィンの表情に、この城に来てから初めてみる笑顔が浮かぶ。瞳からは、沢山の涙が溢れている。
 俺は、ぽん、とリィンの頭を撫でた。

「・・・っ」

 高い位置で纏められた茶の髪が震える。俺はその髪をそっと透いてから手を離す。

「軽くしただけだから、まだ安静にしていた方がいい。食事は部屋に運ばせる。俺たちは部屋に戻るから、リィン、お前もしっかり休め」
「待って・・・!」

 部屋を出て行こうとした俺達を、リィンが呼び止めた。

「あの・・・」

 振り返って見ると、気まずそうに視線を逸らす。リィンの耳が、少し赤くなっている。

「・・・有難う」

 俺は久しぶりに、裏の無い微笑を他人に向けた。



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「私達の村はここからずっと南にある、とても小さな村よ。皆で協力しあって畑を耕し、豊かとは言えないけど日々の暮らしには十分な糧を得て、細々と暮らしてた。皆良い人達で、仲が良くて、ずっと平和で幸せだった。アイツが壊すまでは・・・」

 午後、二人の様子を見に再びやってきた俺達に向けて、リィンが静かに語りだした。
 リースはベッドの上に体を起こし、静かに聞いている。容態は随分と良くなったようだ。リィンは彼女のベッドに、俺はその傍の影に鏡台の椅子を引き寄せて話を聞いた。フェイズだけが一人離れて、この城で一番大きな部屋の窓辺に凭れるようにして座っている。傾き始めた太陽の光が、フェイズの手首の金属に当たって光を部屋の中に拡散させる。

「・・・気が付いたときにはもう、森の中にアイツの城があった。そして、アイツは突然やってきて村の収穫の一部を差し出すように、と私達に言ってきた。足りなければ、村人で補え、と」

 リィンが、自分の膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。

「逆らえなかった。だって逆らったらやっぱり殺されてしまうと分かっていた。だから、私達は必死で働いて、なんとかアイツの言う分だけ納めようとした。だけどやっぱり・・・足りなかったの」

 リースが自分の胸に手を添えて、悲しそうに瞳を伏せた。

「村人で補え、って、要するにアイツへの生贄にしろ、ってことよね。逆らっても勝てないと知っていても、こればかりは私達、素直にアイツの要求をのむことはできなかった。
 だから、皆、慣れない武器を持ってアイツを倒そうと旗を揚げた。だけど・・・そうして武器を持った皆が・・・ッ・・・」
「原因不明の病に倒れた・・・か」

 言葉を詰まらせたリィンに変わって、俺が繋ぐと、彼女は苦しそうに頷いた。
 武器を持ったのは村の男達。彼らが病に倒れれば、村は有力な働き手を失うことになる。つまり、税を納めることができない・・・そして結局・・・。

「何人もアイツの城に捕らえられて、帰って来ない。内からは病、外からは吸血鬼。このままじゃ、本当に村は全滅してしまう。でも、北に住む魔女が・・・、どんな病でも治せる薬をつくるって話を聞いて・・・せめて病気だけでも治せれば違うかもしれないって・・・。私達はその魔女を探すために、なんとかアイツから逃げ出して、ここまで来たの」

 瞳を必死に見開くことで涙を堪え、リィンは口を引き結ぶ。
 リースがそんなリィンを慰めるように手を伸ばし、リィンはリースに静かに上半身を預けた。

 二人が途中の村を素通りしてこんな山奥までやってきたのは、その北の魔女とやらに会いに行くためだったらしい。確かに、その北の魔女の話は俺も聞いたことがある。魔力に長けていて、あらゆる病に関する知識があるという。彼女にかかれば病を治すことは勿論、逆に病にすることも簡単なのだそうだ。

 ただ彼女自身は滅多に自分からは人前には出ないし、また、彼女の元へたどり着くのも容易ではないと言う。それは、強大な魔力を持つもの達の暗黙のルールだ。

 強大な魔力を持つ。それは存在しているだけで周囲に与える影響力が大きいということを意味する。時間・場所・人・・・大きな魔力は存在するだけで他の何かを歪める。だからそういう輩は大抵、人里離れた場所に結界を張ってひっそりと暮らしていることが多い。

 実在したとして、人間に容易に見つけられるわけがない。運良く辿り付いても薬が貰えるかわからない。貰えた所で再び村に帰り付ける保証もない。村に戻って病気を治したところで結局皆吸血鬼に食われるだけかもしれない。もとより信憑性の低い噂話で、全てにおいて確率が低い。なのにここまで苦しい旅をして来る程、彼女達は本気で、必死だったのだろう。

 浅はかではある、が、俺は嫌いじゃない。

 村を襲った吸血鬼とやらの監視を抜け出せたのも偶然じゃないだろう。リースの纏った、聖なる魔力のおかげに違いない。

「・・・なるほどな」

 俺は、納得して息を吐く。

 フェイズに視線をやれば、あいつは腕を組み、真面目に聞いているのかいないのか判別のつけがたい表情で二人の少女を見つめていた。

「原因不明の病・・・それはきっと病気と言うより、呪いだな」

 俺が呟くと、二人の少女は驚いたように顔を上げた。

「呪い?」
「あぁ。俺達モンスターが得意とする魔力の使い方さ。確かにそれでは普通の人間の医者では治せないな。術者以外が呪いを解くには、呪いに関する相当の知識と魔力が必要だ」

 通常の魔法は、その場で発生し、その場で効力が終わる。だが、術者が離れても半永久的に効力が続くもの・・・それを"呪い"と呼ぶ。一時的な魔法に対して本格的な陣や道具、長い呪文の詠唱が必要だったり、かなりの魔力を要するなど非常に手間がかかる。だがその分・・・効果は絶大だ。
 リィンが絶望的な表情を作る。

「そんな・・・じゃぁ、もし魔女に薬を貰えても、意味が無いってこと・・・?」

 いや、と俺は首を振る。
 何せ相手は魔女だ。あらゆる病に関する知識を持っているというのが本当なら、呪いに関する知識もあるに違いない。人間の言う病気にならない俺達の、唯一の病と言えば呪いに他ならないからだ。
 人里から離れるほどの魔力を持っているというのなら、解くことだって可能かもしれない。

 俺の言葉に、リィンの翠の瞳に静かな意思の炎が燃える。

「なら、やっぱり魔女を探すしかないのね」
「すると、あとは魔女の居場所か・・・・・・」

 このまま闇雲に探したところで見つけられるとも思えない。時間ばかりが無駄に過ぎていって、それでは彼女の村は本当に全滅してしまうだろう。
 協力してやりたいという気持ちより、俺は自身がその魔女に興味が沸いた。そうだ、何故気が付かなかったのか。もしも、その魔女が呪いを解けるというなら、俺達にもメリットがある。

「仕方ない、鏡に聞くか」



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 フェイズとリースを部屋に残し、俺はリィンだけを引っ張って廊下に出た。西日が投げる光が小さな窓から差し込んでいる。この時刻にもなれば、俺は別に陽光を避ける必要もない。

「あなたとフェイズってさ・・・」

 先を先導して歩く背後から、リィンが話し掛けてきた。俺は振り返らずに先を促す。

「恋人同士?」
「・・・・・・」

 さすがに全身から力が抜けた。
 こんな間抜けな問いは予想もしてなかったからな。

「どこから、そういう答えが出て来るんだよ・・・」
「え・・・だって、朝・・・」

 リィンが答えにくそうに口篭もる。
 ・・・そういえば、リィンには見られていたんだった。忘れてくれれば良いものを。

「俺は、吸血鬼だといっただろうが」
「・・・あ・・・そうか・・・」

 散々人を吸血鬼だと謗った割に、変なところで意識が抜けている。

「・・・ねぇ、フェイズも人間じゃないんでしょ?」
「・・・ああ」
「じゃあ、フェイズって一体」
「ここだ」

 リィンの問いは途中で途切れた。目的の部屋に到着したからだ。

 扉を開けて中に入る俺の後ろを、リィンが恐る恐る付いてくる。
 部屋の中には他と同じように仄かなランプの灯りだけが燈り、窓のない部屋の周囲をオレンジ色に薄暗く照らし出していた。部屋の床には何も置いてないが、その変わりに幾重にも重なるように天井から垂れ下がった赤いカーテンが、不規則な影を作りだしている。ベルベットでできた重いそれを一つ一つ押し上げて、俺は奥へと足を進める。数枚潜ったところで、それほど広くは無い部屋の奥に達した。
 そこには、一つの大きな姿見が置いてある。

 鏡を縁取る枠には、豪華ではないが細かな細工が施され、鈍い金の光沢を放っている。その枠が物語る年季に対して、鏡面は不似合いな程に曇り一つない。近付けば、俺とリィンの姿が歪み一つなくそっくり映し出された。

「おい、要件はもう分かってるんだろう?」

 俺の呼びかけに、鏡面が湖面のように中心から波紋を作った。鏡に映った俺たちの体は揺ら揺らと歪み始め、色が渦を巻くようにして中心に集まる。じっと見守る傍らで、それらは再びじわじわと広がり、やがて一つの形を形成した。赤い道化服を身に纏った小柄な少年だ。

 リィンが息を呑む。

 流れる髪は銀。釣り上がり気味の瞳に宿す炎は紅。まだ子供っぽい小柄な体を、レースやびらびらとした余計な布が沢山ついた真っ赤な道化服に押し込めている。身体の子供っぽさに対して、長い前髪の奥から覗く瞳に湛えられた海はかなり深く、彼が見た目通りの年齢ではないことを示唆していた。顔は無表情のまま、にこりとも微笑まない。
 鏡面の揺らめきがおさまってから、少年は静かに口を開いた。

『 ・・・随分と、久しぶりじゃないか。君がここへ来るのは』
「俺と感動の再会をしたいなんて言い出すなよ。前置きもいらない」

 俺が言うと、鏡の少年はちらりと俺の背後のリィンに視線を投げた。そして再び俺に視線を戻す。

『・・・やれやれ。君は相変わらずせっかちだね。だけどその割にはわざわざこの部屋まで来るし。聞きたいことがあるだけなら、あの部屋の鏡でも事足りるじゃないか』

 こいつは分かっていて、態とこういう物言いをする。だから俺はこいつが嫌いなんだ。

「余計なことはいい。魔女について知りたい」
『・・・大雑把な質問だね。知っているだろう?僕に鏡の前で起きた事柄でわからないことはない。だからこそ、質問されたことにしか答えられないという制約があるんだ。そんな大雑把な質問では何も教えてあげられない。相応の対価を払うと言うなら構わないけれど・・・』

 鏡の中の少年は、殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。思わず舌打ちが出た。コイツとのやりとりは非常に面倒臭い。 勝手がわからないリィンは、黙って俺達のやり取りを見つめている。

「北の魔女・・・病を治す力を持つという北の魔女は存在するのか?」
『・・・確かに居るね』

 噂は本当らしい。

「その魔女は、リィンの村で蔓延している病を治すことができるのか」
『それは・・・僕が見れる事実ではない。だから直接的な答えは言えないけれど。過去に彼女が解けなかった呪いは・・・今のところ、ゼロ』
「・・・それで十分だ。魔女が住んでいる場所は?」
『モンブラグブースの山頂』

 俺は思わずため息をついて、首を振った。面倒な場所だ。
 リィンが戸惑いながらも、声を発する。

「あの、ブラグブースって・・・」
「山だ。それもこの城のあるような、緩やかな山じゃない。断崖絶壁に囲まれてる、冬山さ。人に登れるわけがない。おい、クライム、その場所に行く方法はあるのか?」
『・・・確かに人間には登れないね。君一人だったら可能かもしれないけれど。だけど登らなくても頂上に行く方法はある。鷲の背中に乗るんだ』
「鷲?」

 俺とリィンの疑問の声が期せずして重なった。
 無表情を崩さずに、鏡の中の少年・・・クライムが俺達を見る。

『山に、大鷲が居る。少し登れば出会える筈だよ』
「じゃあ、どっちにしろ山には登る必要があるんだな・・・。まぁ、場所と行く方法が分かっただけでも良しとするか」

 リィンが何かを言いたそうに俺を見たが、次のクライムの言葉に慌てて視線を返し、呼び止めた。

『・・・もう帰るよ?』
「あ、待って。あなた、なんでもわかるの?だったら教えて。村の皆は・・・私の家族は、無事?」

 クライムが紅の双眸を細める。

『・・・教えてもいいけど・・・対価は』
「対価・・・?」

 リィンが、何のことかと問いたげに、俺を見上げた。

「基本的に、俺達に通貨は存在しない。ただ要求に見合う対価と交換という図式は同じだ。こいつの場合は、記憶。新たな情報と過去の情報の交換だ」
「記憶・・・?」
『アレックスは、無駄に長生きしているから無くなっても良い余計な記憶が沢山あるけれどね。君はそうもいかないんじゃないかな』

 俺の睨みを一向に気に止めず、奴は鏡の中で悠々と足を組んだ。道化衣装のビラビラとした裾が優雅に舞う。

『よく考えた方が良い。今の君を形成するものは君が今まで歩んできた道の記憶。それが例え一部だとしても、例え忘れたいほどの辛い記憶だとしても、今の君を形成する一つには違いない。だから、その記憶を失うことで、君という人物がすっかり変わってしまう可能性だって有るし、進むべき道を見失ってしまう可能性もある』
「そんな・・・」

 リィンが青ざめて一歩下がる。全く、悪趣味な奴だ。

「あんまり脅かすなよ。そんな大げさな対価を払わなきゃいけない情報じゃないだろ」
『・・・まぁ、今回はね』

 深紅の瞳が一瞬俺を映す。いちいち牽制されなくても、俺だって軽軽しく使うつもりはないさ。

『そうだな、せいぜい今日の朝、何を食べたか忘れるぐらいだろうね』

 その言葉で再び決心がついたのか、リィンはひたと鏡を見つめた。

「じゃあ、教えて」

 クライムが瞳を伏せる。風もないのに、鏡の中の銀髪がふわりと舞い上がった。

『・・・君達が、村を出たときから状況は変わってないよ。つまり誰も・・・死んでないし、回復してもいない』
「誰も・・・」
『病は呪いだから・・・苦しめる為であって、殺す為ではないね』
「・・・そう」

 状況が変わってないなら喜ばしい話ではないだろう。だが、病のせいで死に至ることはない、という情報はそれなりに安心するものではあったようだ。どちらにしろ解呪は必要だが。
 リィンは複雑そうな表情をしている。
 確かに吸血鬼側としては獲物が全滅したら困るから、逃げられないように生かさず殺さずの状態にしているということか。やはり、むかつく趣味だ。

「わかった、とりあえず必要最低限の情報は得た」
『・・・僕は帰るよ・・・』

 俺はリィンの背を押し、外へ出るよう促した。来たときと同じように重いカーテンを捲り上げて潜る。リィンが部屋の外に出、俺がドアに手を掛けたとき。厚いカーテンの向こうから声が聞こえた。

『きっと・・・君は戦うことになる』

 振り返った視界はベルベットのカーテンで埋め尽くされる。カーテンに映った燭台の影が、まるで嘲笑しているかのようにゆらゆらと揺れた。

『ねぇ、嫌われ者のダンピール殿?』

 言外で、逃げられないと言っているようだ。いちいち嫌な奴。



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プロフィール
HN:
樟このみ
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
ファンタジーでメルヘンで
ほんわかで幸せで
たまにダークを摘んだり
生きるって素晴らしい

かわらないことは創作愛ってこと

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