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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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数日前まで何も無かったはずの広場には、いつのまにか大きなテントと小さなテントが並んで組み立てられていた。周囲はカラフルな旗がたなびき、陽気な音楽が聞こえる。

空は雲さえもない、爽やかな青。
ふわふわと頼りない軌跡を描きながら、小さな赤い風船が高く上っていく。いかにも弱々しい 動きとは裏腹に、その風船は誰にも捕まることなく、あっという間に視界から消えていってしまった。

風船の持ち主であった少女がそれを見て泣き出す。手を引いていた父親が、慰めようと必死に言葉をかけるも、泣き止む気配はない。
それまで、音楽が聞こえていた空間に泣き声が響き渡り、周囲の人間が驚いて足を止めた。 視線を浴びてしまった父親がどうしたものかと おろおろとしていると、そんな父親の脇を大きな影が通り過ぎて少女の前でしゃがみこんだ。

気配を感じたのか、少女が泣きながら顔をあげると目の前には角を持った巨大な猫の顔。
びっくりして思わず涙も止まる。すると、その猫が無表情のまま少女に赤い風船を差し出した。 おおきな金の瞳に見つめられながら、猫の顔とその手の風船を交互に見やり、ぱっと顔を輝かせて少女がその風船を受け取る。

嬉しそうに手を振りながら去っていく少女を、フリルが沢山ついた道化師の衣装を纏った猫は静かに見守っていた。

陽気な音楽と人々の喧騒が戻ってきて、少女の姿も見えなくなると、猫は踵を返して そっとその場を後にする。そして、立ち並んだカラフルなテントの脇をずんずんとすり抜けて、人気の無い場所へと辿り着くと、一番大きなテントの開いた天幕の隙間にするりと入り込んだ。



テントの中に入るなり、猫は頬に手をあて強く上に押し上げた。
と、すぽん、と猫の頭が脱げる。

「ぷはっ。ったく、こんな良い天気の日に毛皮の着ぐるみなんて 熱いったらないぜ」

頭を取るなりすぐさま悪態をついたのは、宝石のエメラルドを思わせる深い緑の髪と瞳を持つ少年だった。 おかしなことに、着ぐるみを脱いで尚、彼の額には角のようなものが伸びている。しかもその手の指先には、異様なほどに長い爪が見えた。彼は猫の頭を無造作に放り投げて、長い爪を器用に使って猫の体も脱ぎ始める。
外の明るさと賑やかさとは正反対で、テントの中は冷たく暗く、しんとしている。 と、奥の暗がりから、くすくすと軽やかな笑い声がこぼれた。

「まぁ、翠緑。もう風船は配り終わったの?」
「そうよ、ちゃんとサーカスの宣伝はしてきたのかしら?」

姿を現したのは、二人の少女だった。髪や瞳の色は違えど、顔や体型まで見分けが付かないほどにそっくりな双子の少女達だ。 彼女達は線の細い体にぴったりとそうような、きらびやかな衣装を纏っている。片方は群青色、片方は薄紅色。それは彼女達の髪と瞳の色とそれぞれ揃いだった。

「うるせーよ。お前らこそ、ちゃんと開幕の準備したのかよ、群青!薄紅!」

すいりょく、と呼ばれた少年は大きな声で言いながら着ていた着ぐるみを放った。 だが、彼が纏っていたのは着ぐるみと同じような道化師の衣装。多少スリムになっただけで、見目としてはあまり変化がない。

「まぁ、乱暴ね。当然じゃないの」
「そうよ、翠緑と違うもの。私達はちゃんと仕事したわ」

可憐に、だけどしっかりと棘のある言い方をする少女達を、翠緑はぎんと睨む。

「俺だってサボってねーよ。そんなことより、団長は?」

辺りを見回しながら問うと、少女達は一瞬顔を見合わせてから 知らないわ、と声を揃えて言った。

「んーー? 白銀と一緒か?」

少年は首を伸ばしてテントの奥を覗き込む。
外が明るいせいで、灯りの付いてない奥は黒々と暗闇に沈んでいる。

「大丈夫よ、だって深紅は翠緑と違うもの」
「そうよ、大丈夫よ。深紅は時間は守るわ」

名前と同じ色の瞳を細めてくすくすと笑う少女達に、翠緑は手を振る。

「そんなこと心配してねーっつーの! 先に色々 報告もあるだろ」

群青と薄紅は手を繋いで、お互いに向き合った。

「まぁ、偉そうね。でも私達も深紅を探しましょう」
「そうね、どうせなら翠緑なんかより深紅と一緒にいたいわ」

はいはい、勝手にしてくれよ、と翠緑は二人を置いてテントの奥へ向かいすたすたと歩いていく。その後を薄紅と群青が軽やかに追った。
やがて、三人の姿はテントの奥の影に吸い込まれるように消えていった。



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ベッドと、机と椅子が1脚。そして小さなクローゼットと本棚。
家具はあっても とても子供の為の部屋とは思えない程 飾り気の無い簡素な部屋にその少年は居た。

肩まで伸びたさらさらの銀の髪に、透き通るほど白い肌。大きな紅玉のように赤い瞳を少し潤ませた彼の見目は、まるで人形のように精巧で、可愛らしいよりも 美しいと形容した方が相応しく思える程・・・・・・それが、深紅の幼少時代の姿だった。

幼少時代とは言え、今の彼とその頃の彼に見目では大きな差はない。少し身長が伸びた程度だろう。
だけど彼の置かれた環境には天と地程の差がある。

その頃の彼はまだ自分を普通の人間だと信じていたし、”深紅”という名前でもなかった。 だが、幼い頃の名前を深紅本人に訊ねても、彼は笑いながら、忘れてしまった、とだけ答えるだろう。

その言葉は嘘か本当か。 他人には知る由はないので、幼い彼のことは ただ少年と呼ぶしかない。

さて、その少年は、まだ今の仲間達の誰のことも知らずに、殆どの日々を静かに一人で過ごしていた。

本来ならば、大人達に大切にされても疑いの無い年頃であり、容姿である。
だが彼の周囲には愛情を注いでくれるような大人の影は一つも見当たらなかった。 部屋の戸は硬く閉ざされ、その扉の前を行き来するような足音も聞こえない。 彼の居る屋敷に住む人間は皆無ではないのだが、まるで誰もが隠れているようにひっそりとしていた。

それは別段 珍しいことでもない。
少年はずっと長いこと、そんな静かな世界のなかで暮らしてきたのだ。

日に1度、扉の前に食事が置かれる。そして週に1度、メイドが彼の部屋を掃除しにくる以外には彼の部屋の扉が開かれることも、彼を誰かが尋ねてくることもなかった。

彼の母親でさえ、この部屋を訪れることはない。 いつも全てを召使達に任せているので、お互い声を聞くことすら 殆ど無いのだ。 もしかしたら彼女はこの屋敷には住んでいないのかも知れない、と少年は度々思う。

部屋に入ってくるメイドも、少年の顔を見もせず話しかけてもこない。 彼女達はそれこそ少年が人形であるかのように 存在を見ないフリして、淡々と作業をこなして部屋を出て行くのだ。
彼女達は皆、のっぺりとした仮面をつけていて、着ている服も同じ。 となれば、少年にとっても彼女達は個性のない機械人形のようなもので。彼は、メイド達が部屋に居る間は一つしかない椅子に座って下を向いたまま、静かに掃除が終わるのを待つだけだった。


そんな彼の唯一の話相手が、いつも膝の上に乗せている小さなウサギの人形だった。
ウサギとは言っても、ウサギに見えるのは頭の部分だけで、体の造形は人間に近く作られている上に、おどけた道化師衣装を纏った奇妙な人形だ。

可愛らしいとは言い難いが、その人形は彼にとってとても大切なものだった。

この人形を母親が買ってくれたころ、その頃はまだ彼女は自分の子供である彼を愛して、そして守ろうとしてくれていた。 おぼろげな記憶を辿って、少年は今よりもさらに幼い頃を思い出す。
そう、街に小さなサーカスがやってきた時のことを。

その頃はまだ、彼の傍には母親がいて、一緒にサーカスを観に行った。
暗い照明のなか、音楽にあわせて鮮やかな衣装を纏った道化師や踊り子達が、曲芸を披露する姿を見た感動は、少年の脳裏に深く焼きついている。
興奮冷めやらぬ状態で、彼は母親の手を握って、その感動を繰り返してたその帰り道。 彼の様子に微笑んだ母親が買ってくれたのが、この道化師の格好をしたウサギの人形だった。

思い出せる記憶の中で、二人で一緒に出かけたのは ただその一回だけ。 そして、母親が自分に何かを買い与えてくれたのもその一度だけなのだ。
楽しい記憶と一緒に大切にしてきた人形。他に何も持ち得ない彼の、唯一の母親との繋がりだった。

少年は人形を机の上に置いてガラスの瞳をじっと見つめる。 すると焦点の無い、真っ赤な瞳が彼を虚ろに見返してくる。何も映さない瞳は、彼にとっては逆に安心できるものだった。ウサギが少年を傷付けることは決して無い。

その変わり、ウサギの人形には何の感情も無く、彼の呼びかけに返事を返してくれることは無い。 そんなときは背中のゼンマイを巻く。 すると、人形の小さな体かから優しいオルゴールの音色が聞こえてくる。 その音楽を返事の変わりに、少年は話しを続けるのだ。

ウサギは少年が動かさなければ静かに横たわるだけなので、少年はいつもちゃんと両手で抱えてから話しかける。

「君と僕は似ているね」

たどたどしさを残した発音で、少年はぽつりと呟いた。
白銀に輝く毛並みと、赤い瞳は、少年の髪と瞳に良く似ているのだ。

「僕はこの色はあんまり好きじゃないけど。君には似合ってると思うよ」

いつものように道化ウサギは答えることはない。

ずっと繰り返してきたそれだけの生活。
少年はその日も、変わらぬ一日が過ぎていくのだと思っていた。



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テントの奥に、いかにも重そうな赤い緞帳が張り巡らされて作られた小さな部屋があった。
中にはサーカスで使うのだろう道具達が整然と、または雑然と 並び積み上げられている。赤い緞帳は天井も含めた部屋の周囲全てに張り巡らされている為、外からの光は一切入ってこない。 部屋の中を照らすのは、小さな裸電球が一つだけ。
外の喧騒はここまでは届かない。ぼやけた灯りに照らし出された道具は、それぞれが大きく不気味な影を作り出して緞帳に張り付かせていた。

大きなボールや小さなボール、何種類もの旗に、リング。様々な大きさの箱や、いかにも頑丈そうなな檻に水槽。赤・黄・青や緑と鮮やかに彩色された、沢山の衣装やウサギやライオンなど動物の姿を模った着ぐるみ。そして一番奥には大きく古ぼけた鏡。

その中に、動くものは無い筈だった。
だが突然、道具の作った影が 身動ぎするように揺れる。

紫を基調とした道化師の衣装を纏い、両の長い耳を下に垂らしたウサギの着ぐるみの影だ。その隣、箱に座るように並んで置かれた他の着ぐるみは一切動かない中で、ウサギだけが首を傾けて、周囲を伺っている。

大きな顔の真ん中の小さく薄い三日月のような鼻をひくひくと動かすその仕草は、到底 作り物の人形には見えない。 彼は、大きな大きなガラス球の瞳をぐるりと光らせて周囲を見回した。
そして他に何も動くものがないのを確かめると、ゆっくりと自らの腕の中を見つめた。

大きなウサギの体に守るように抱かれたその腕の中では、一人の少年が眠り込んでいた。

ウサギと同じ白銀の髪を持つ、あどけなさの残る少年。 なめらかで透き通るような白い肌の中、子供らしい曲線を描く頬だけは健康的な朱に染まり、長い睫毛を伏せて穏やかに眠るその顔は、息をしていなければ人形だと言っても信じてしまえるほどに美しかった。
着ている服は鮮やかな赤色の、ウサギと同じく道化師の衣装だった。

ウサギは、その少年を愛しいものを守るように優しく抱いて静かに座る。 耳を澄まさずとも、他に音を立てるものもない部屋の中。 心地良さそうに眠る少年の寝息だけが聞こえていた。

だがその静けさを破るかのように、部屋の外から声が近づいてきた。
ウサギはぐるりと、声が聞こえてくる方向に首を向ける。

すると部屋の一角から、重い幕のカーテンを押し上げて 一人の少年が中に入ってきた。 電灯の光の下、エメラルド色の髪が揺れる。 先程の少年、翠緑だった。

「だんちょーぉ、団長どこっスかー?」

無神経に大きな声で呼ぶ声の主に、ウサギは無表情のまま じっと睨むような視線をぶつける。 最初は気付かなかった翠緑だったが、ふと振り返ったときに視線がぶつかって、驚いたように飛び上がった。

「うぉ! は、白銀っ! 驚かすなよ」

はくぎん、と呼ばれたウサギは少年の言葉には答えず、ふいと顔を背けてまた腕の中に視線を落とす。 腕の中では、まだ穏やかな寝息が聞こえていた。
翠緑がゆっくりとウサギの正面までやってきて、その腕の中を覗き込む。

「あらら・・・団長、寝てるし・・・」

少年が呟くと同時に、また別の声が二つ響く。

「ねぇ、深紅どこにいるの?」
「翠緑、深紅は見つかったの?」

先ほどと同じように幕を押し上げて、群青と薄紅も中に入ってきた。 慌てて翠緑が唇の前に指を立てる。

「しーっ!静かにしろよ群青、薄紅」

少女達は同時に口を尖らせた。

「何なの、翠緑。深紅はどこ?」
「あら白銀、ここにいたのね。深紅は・・・」

翠緑が無言で白銀を差すと、群青と薄紅も傍に寄ってきてその腕の中を覗き込んだ。そして同時に、甘い溜息を吐く。

「まぁ・・・・・・可愛いわ、深紅。」
「そうね、可愛いわ。普段の格好いい深紅も大好きだけど、可愛い深紅も大好き」

翠緑が首をすくめる。

「本当、こうしてると ただの子供にしか見えないよなぁ・・・」

半ば怖いものでも見るかのように、翠緑がちらりと深紅の寝顔を見やる。確かに、可愛らしいとしか形容できない寝顔がそこにあった。
白銀に半ば肘をつくような格好になりながら、深紅の寝顔を眺めていた双子は翠緑の言葉に、興奮した様子で それでも起こさないようにと極力 声を顰めて言う。

「深紅の子供の頃・・・今よりもっともっと可愛らしいかったに違いないわ!」
「そうよ、きっとそう!ねぇ、白銀は知っているのでしょう?」

薄紅の問いかけに、三人の視線が白銀に集まった。

「ねぇ、深紅はどんな子だったの?」
「教えて頂戴、白銀」

熱い視線で見つめる双子とは裏腹に、表情の変わらない白銀は無言のまま、じっと深紅を見つめていた。 双子も翠緑も、その視線を追って、もう一度、白銀に抱かれて眠る少年の寝顔を覗き込む。

穏やかに眠るその表情。
信頼する者達に囲まれた、安心できる場所だからこそ、できる寝顔。

彼らは知らなかったが、それは深紅が彼らを家族だと認めているからこそ見せる姿だった。



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「ま・・・白銀に聞いたって無駄だよな。コイツ、喋れねーし」

やや毒気を抜かれたような表情で、思い出したように呟く翠緑に、双子がからかうような視線を向ける。

「あら、知らないの翠緑?」
「そうよ、白銀は喋れるのよ」

だけどおバカさんは相手にしないのよね、と声を合わせて双子が笑う。

「ま、マジかよそれ!」

翠緑が驚いた表情を向けたが、次の双子の返答は淡々としていた。

「嘘よ」
「そうよ、嘘よ」

盛大に翠緑が転ぶまねをした。次第に声を顰めることも忘れていく三人を無視したまま、白銀は腕の中の銀の髪をそっと撫でる。すると、赤い瞳が薄く開いた。

「そんなこともわからないの、翠緑」
「そうよ、だから翠緑は、おバカさんだって言うのよ」
「お・・・お前らなぁ・・・!!」

「・・・・・・何してるのさ、君達」

双子に虚仮にされ、今にも殴りかからんばかりの体勢になっている翠緑に呆れたような声が振る。

「・・・だ、団長・・・」
「まぁ、深紅!起きたのねっ!」
「深紅!待ってたのよっ!」

白銀の膝の上で体を起こした少年・・・深紅に、双子が嬉しそうに抱きつく。受け止めた勢いで少々よろめきながら、深紅は端正な顔を不機嫌そうに歪める。

「全く・・・騒々しいったらないよ」
「す、すんません・・・」

翠緑は首を竦めて謝ったが、双子は気にする様子もなく、お互いの腕と腕を繋いで、その真ん中に深紅を閉じ込めるようにしながら楽しそうに話しかける。

「深紅、寝顔も可愛らしかったわ!」
「そうよ、子供時代もさぞ可愛かったに違いないわ、って言っていたのよ」

深紅のルビーのような瞳が微かに翳って、眉根が顰められる。

「子供時代?」

バツが悪そうに頭をかきながら、翠緑が続ける。

「俺たち団長の子供の頃のこととか知らないッスからね」
「知りたいわ。でも白銀は話してくれないでしょう?」
「一番 深紅のことを知っているのは白銀なのに。ずるいわ」

「・・・聞いても面白い話しにはならないよ。それより、早く開幕の準備をしないと」

深紅は、白銀から降りようとしたが、その両腕に双子がしがみ付く。

「群青・・・薄紅・・・」

深紅が溜息をつくが、二人はしっかりと腕を握ったまま放さない。

「面白いとか面白くないとか関係ないわ!」
「そうよ、だって深紅のことだから知りたいのだもの」

深紅は、視線をあげてちらりと白銀を見た。白銀は何も言わず、ただ膝の上に深紅と双子の三人を乗せたままじっと座っている。 赤い瞳はどこを見ているのか分かりにくいが、だけど深紅は彼が自分を見ていることを知っていた。

「やれやれ・・・。わかったよ、後で話してあげるから。とにかく今は僕達の公演準備をしなくては」

その言葉に、双子が両側からそれぞれ深紅の頬にキスをして喜ぶ。

「約束よ、深紅!」
「きっとよ、深紅!」

やっと腕を放して双子が下に降りる。深紅は、翠緑、群青、薄紅、白銀と順にその顔を見た。

「この街では最初の公演だからね。皆、いつものように頼むよ」

深紅が幼い外見に関係なく、サーカスの長らしい口調で言うと、どんと翠緑が胸を叩いた。

「まーかせて下さいって!」

群青と薄紅が手を繋いで踊るように跳ねながら答える。

「心配いらないわよ、深紅」
「そうよ、今日も私達は絶好調なんだからっ!」

頼もしい仲間達に、深紅は満足そうに笑む。
そんな深紅の背を、ぽん、と白銀が叩いた。 振り返ると、ガラスの瞳が何かいいたげに彼を見ている。

「心配ないよ、白銀。ここには君が居る、皆が居る。だからもう・・・大丈夫さ」

そう力強く言って、深紅は正面を見据える。
既に翠緑によって部屋の押し上げられた幕の外から、明るい光が中に差し込んでいた。
深紅は双子に急かされるように腕をひっぱられる。 赤い道化衣装を纏った背中が部屋から出て行くのを静かに見送った後、白銀はただ一人背後を振り返った。

サーカスに使う大小の道具達の一番奥。彼の姿をも全て映せるほどの大きさの姿見に視線を留める。 その鏡面は外からの光を反射していて、ここからでは何を映してるのか確認することは出来ない。
白銀は、しばらくじっとその鏡を見つめていた。だが、鏡面は揺らぐことなく光を受け止めている。
暗闇はもう、あの鏡には映っていない

それを確かめると、白銀は部屋の電灯を消し深紅の後を追うようにゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。


再び部屋の幕が全て下ろされて、暗闇に沈んだ部屋の中。

沈黙する道具達の中で、鏡だけが静かで穏やかな光を放っていた。
その中心に映るのは幼い少年の姿・・・





[序幕 End]


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11/28 消えてしまうの 私をおいて 「身勝手でごめんね」 (どちらが?)
11/30 優しさにすりかえられた弱さ 「傷つけたくないの、傷つきたくないの」(望まれた方法など存在しない)
12/01 永遠に側にあると信じていた 「俺は触れるべきじゃなかったのかもな」(輝きはいつか失われる)
12/02 装飾された悲哀 「ねぇ、僕は 君じゃないんだ」 (感銘など受けない)
12/04 苺に粉雪 「見た目は可愛いかもしれないけどね」 (甘くなんてない)
12/07 存在はいつも刹那 「瞬きさえも、しなくてすむならばよかったね」 (それなのに何一つ留めおけない)
12/08 鐘の音に飛び立つ白い鳩 「怖がっていたこと いつか笑える日がくるね」 (かわりゆくものを愛せるように)
12/09 無数にあるように見える選択 「どれを選んでも、結果は同じさ」 (カードは既に決められている)
12/12 君が笑うから 僕も笑顔になれる 「楽しいことは皆と一緒だと もっと楽しいんだよっ!」 (一緒に)
12/13 いつか望んだ力 それを持つ君 「出来ないことは誰にだってあるもんだしな」 (羨むより 手を取る勇気を)
12/14 繰り返す 何気ない日々 「けど 今は一度しか無いじゃん。楽しんだら?」 (小さな欠片 拾い集めて)
12/16 那由他の星のその一つ 「すべてを見ようとするから 途方にくれることになるんです」 (目前で輝くのは)
12/17 イメージに縛られたまま 「相変わらず逃げてばかりか。それで、何が変わる」 (本質を知ろうともしないで)
12/19 今 ここにある温もりに安堵する 「失ったものはもう取り戻せないけれど、今を守ることなら」 (大切にするよ、二人目の君)
12/20 聞こえないフリで聞く言葉 「莫迦のフリして、人を莫迦にしないでくれる」 (茶番劇)
12/21 背中で断ち切る想い 「見てしまえば、戻りたくなるよ」 (振りほどくことも叶わず)
12/22 一夜限りの幻影 「そこで何を見たというの?」 (覚えてもいないくせに)
12/24 毎日がどこか奇跡 「降り積もる雪の上に残った」 (それは僕らの軌跡)
12/30 想いの中で鮮やかに
12/31 さよなら そして またあした
01/01 始まりは感謝の気持ち
01/05 この声は君に聞こえている? 「大丈夫だよ 何度でも言ってあげる」 (いつも傍にある声)
01/07 酷薄な三日月 「初めから答えなど期待できるわけもなく」 (ただ、哂っている)
01/10 何もかも 見知ったような瞳で 「自分のことさえも よく知らないのに?」 (それは自嘲)
01/15 闇に舞う白い鳩 「君に、それが見えなかった筈はないだろう?」 (安易に希望とも言えないけれど)
01/21 「触れるだけですめばいいけどな」
01/23 どこへでも踏み出せる この世界 「怖がってたら、何もかわらないぜ!」 (一人の勇気はなくても 仲間がいるから)
01/24 追随する言葉 「きみ はいつかのあの人にとてもよく似ているね」 (愚かなる行為を繰り返してばかり)
01/29 残すことを恐れている 「僕が何をしたって この世界には意味がない」 (いつか消えてしまうのだから)
01/31 心だけ、旅立つことはなく 「帰る場所はいつだってひとつだけなんだ」 (いつまでも君の隣)
02/03 君はいつも気が付かない 「遠まわしに言ったつもりもないのだけれど」 (僕の気持ちに鈍感な君に溜息)
02/05 着飾った空っぽの言葉 「意味なんて無いの、それなりに見えればいいのよ」 (社交辞令で会話する僕ら)
02/06 確かに瞳に焼き付けた あの ひととき 「同じ瞬間を 2度と得られないことを知っていたから」 (それでも 今ここにある 喪失感は)
02/11 鮮明な欠片一つ 「それだけは絶対に、失うわけにはいかないんだ」 (だけど夢の中の出来事)
02/13 この気持ち 君になんと伝えたらいい 「ねぇ、言葉って不便だね」 (感情だけが溢れて)
02/17 静かに希望を託す 「私がどう動いても、それは作られた未来なのですもの」 (知っているから 動けない)
02/20 壊れないよ 僕は 「僕の心は僕のものだから」 (壊せないよ 君には)
02/21 「ホラ、また下向いてんじゃん! とりあえず、上見上げとけって!」 (竦んで進めない道なら、君の前で待っててあげる)
02/24 自分に無いものを君に求めた 「もしかしたら、君も同じだったのかな」 (同じになったら要らないなんて)
02/28 君は居なくて僕は居て 「どうして辿り着けないのかな そこに」 (僕が居なくて君が居る)
02/29 心の狭さを誹られても 僕は、 「知らなければ苦しくなることもなかったのに」(君を許せそうにない よ)
03/01 絶妙な距離感の僕ら 「いなきゃ寂しいけど、近付きすぎるとお互い駄目になるからさ」 (惹かれて反発したその真ん中で)
03/07 確かなものなど何一つないと言うなら 「信じられるものなど存在するのだろうか」 (誰かお願い 手を繋いでいて)
03/16 望んだもの全てが傍にあるなら 「世界が終わっても悔いは無いと言えるのかな」 (それは決して起こり得ない事)
03/25 サヨナラは言わなかったね 「また会えると信じてもいいのかな」 (嬉しかったんだよ、有難う)
03/28 差し出した掌はしとどになって 「君が泣くなら 僕はその涙を受け止めるから」 (だけど涙は指の合間から染み出し零れ落ちた)
04/07 僕は道化に成り下がる 「君はそんなこと 考えても居なかったと言うんだね」 (ならば何故 君は僕を見て哂っているの?)
04/11 君の音が聞こえなくなる前に 「もっと早く勇気を出していればよかったね」 (答えるものは既になく)
04/14 受け継がれた 確かなる想い 「夢は覚めるけれど 終わりのないものよ」 (何度もなぞり続けた 軌跡)
04/22 呟いた言葉の中の真実 「僕はこれ以上何も言えないんだよ」 (許されないこと 気付かないで)



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たまにダークを摘んだり
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