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RabbitHome作品 小説&ネタ公開・推敲ブログ(ネタバレ有)
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時は嫌にゆっくりと進んでいるように感じられたけど、実際は一瞬の出来事だったんだと思う。 気が付けば私は、アレックスのマントの後ろに庇われるようにして立っていた。

「リース、リースは・・・っ!?」
「落ち着け。あの子は大丈夫だ」

慌てて身を乗り出した私の体を押し戻すように手を広げながら、アレックスが言う。
割れた窓の向こう側のリースの方をみると、リースを腕の中に抱きかかえたフェイズの背が見えた。
リースの変わりに破片を浴びたのだろう。
彼が羽織っていた黒のジャケットには無数の破れ目が見える。

「フェイズ、大丈夫か!?」

アレックスの呼びかけに、フェイズがゆっくりと身体を起こすと、こめかみから血が流れ出ているのがわかった。他にも、無数の小さな傷があって血が滲んでいる。

「大した事ない」

彼は血を拭うこともせず、リースにそっと微笑みかけた。

「君は大丈夫?」

まだ、恐ろしさで身が震えていた様子のリースも、なんとか首を縦に振る。
よかった。彼女には大した傷はないようだ。

私はリースから、手前の破壊された窓の方へと視線を移した。
破壊されたときの衝撃か、その周囲の蝋燭の火は消えていた。
そうして出来上がった黒々とした空間の中に、ガラスの破片を踏みしめて人影が立っている。

その人影が窓を破壊した元凶・・・外から飛び込んできたに違いない。
でも、ここって3階なんだけど。

「へっ、なんだか見慣れない奴らがいるんで目標が狂ったぜ」

影が低く笑った。

「・・・いい加減に諦めたらどうだ?こっちは毎晩毎晩付き合わされていい迷惑だ」

アレックスが静かに言う。
抑えてはいるが、その声音には確かに怒りが込められていた。
そのことに、闖入者も気付いたようだ。

「おっと?アンタ、珍しく怒ってるのか?」

その問いに、アレックスは無言で答えた。
闖入者は面白そうに笑って続ける。

「へぇ、あのツギハギ野郎に傷をつけたからか?だが今更あいつに傷が一本増えたところで対して目立ちゃしないだろうが」

私の目の前で、ぴくりとアレックスの指が反応する。

「アレックス。僕はたいしたことない」

フェイズが諌めるように言った。
だけど、アレックスの調子からは先ほどまでの優雅さが消えている。

「この単細胞バカが。今までは、俺がわざわざ手加減してやってたっていうのに。そんなに死に急ぎたいか?」
「へ、こっちだって本気出してない相手に、全力出すほど落ちぶれちゃいないんだよ。いいから本気出して戦えよ。そしたら遠慮なく、そのすかしたお綺麗な面をこの爪で引き裂いてやるからよ。晴れてツギハギ野郎とお揃いだ。悪くないだろう?」

言葉は飄々と吐き出されているが、そこには明らかな敵意が含まれている。
影の中で、彼が腕を翳すのが見えた。

消えていた蜀台に再び火が燈り、闖入者の姿が光に照らし出された。

背はアレックスと同じぐらい。
茶色の髪に翠の目をした男だった。だけど人とはとても言い難い。

まずは掲げられた腕。
肘から指先まで硬そうな獣の毛に覆われていて、人にしては大きすぎる手の指先には鋭くて長い爪が並んでいる。同じように、不敵な笑いを浮かべた口許にも牙がずらりと並んでいた。

人の耳があるべき場所にはピンとたった獣の耳。
猫の耳のように見えないこともないけれど・・・全体的に見て、あれはきっと犬科の・・・狼の耳だ。

そこまで考えが辿り付いたところで、私は背筋が粟立つのを感じた。

狼男・・・?まさか!!
第一狼男って満月の夜にしか現れないんじゃなかった?

慄いた私を他所に、アレックスは特に臆した様子もない。
後ろ手で私の体をイルカの石像の方に押しやると、吐き捨てるように言った。

「調子に乗るなよ、この犬っころが。文字通り吠え面かかせてやるから、さっさとかかってきな!」

二人は、一瞬睨み合ったかと思うと、次の瞬間には私の目の前で衝突した。
狼男の右手の爪がアレックスの頬を狙ったかと思えば、アレックスはそれを左腕で払い落として右腕で喉笛を狙う。今気付いたことだけど、良く見れば、アレックスの指先にも長く鋭い爪が生えていた。

二人はとても追いきれないほどのスピードで掴みかかりそして離れることを繰り返した。
相手を掠める手や足は、時に、壁や、壁に飾られた絵に当たっては、それらを簡単に破壊した。
狼男はともかく。それと対等に渡り合っているアレックスの動きすら人外だ。

私がどうしようもできなくて石像にしがみ付いていると、飛んでくる壁やなにやらの破片を避けながらフェイズとリースがやってきた。

「困ったな」

言葉とは裏腹にさして困った様子でもないフェイズのこめかみからは、未だに血が流れている。

「い、一体何なのよアイツら!?どうみたって人外だわ!!」

私が詰め寄ると、フェイズは首を少しだけ傾げて答えた。

「まぁ、狼男と・・・吸血鬼、だし」

リースが手を口に当てた。

「なんですって・・・!?」

私はあまりのことに大声をあげた。尤も、その人外の二人の闘いが激しすぎて、対して響いたわけではないけれど。フェイズは私の大声を無視して、石像に片手を置いた。

「ちょっと!吸血鬼って・・・!?」

叫ぶ私を一瞥してから、フェイズはイルカの石像を台座から外した。
いや簡単に言ってるけれど、そんな生易しいものじゃない。
彼の細腕のどこにそんな力があるのかと問いたくなるほどの力で、外したというよりは無理やりもぎ取った感じだった。ボコッと盛大な音をたてて、イルカと台座が接していた部分に無数のヒビが入って砕け散る。

金髪の少年の手に、もぎ取られたイルカの石像。
起きている事柄に大して、どうにもビジュアルが決まらないんだけど。
これだけははっきりしている。フェイズはとんでもない怪力だってこと。

この人も十分人外だわ。

私はリースの手を引いて、一歩さがった。
何をするのかと怯えて見守る私達の前で、彼はもぎ取ったイルカの石像を片手で軽々と持ち上げたまま、未だ格闘する二人の方に向き直った。そして、私の上半身ほどもある大きさの石像をひょいと投げつけた。

それ程力を込めていたようには思えなかったのに、イルカは物凄いスピードで宙を飛んだ。
そして、組み合って睨み合っていた、アレックスと狼男の顔の間をギリギリ掠めて、奥の廊下の壁に激突した。今までの何よりも盛大な、破壊音が響き粉塵が舞った。あまりの衝撃に、石像どころじゃなく壁すら粉々に砕け散っている。

組み合っていた二人が、こちらにゆっくりと青ざめた顔をむけた。
そんな二人に、フェイズは満面の笑みを浮かべて、爽やかに言った。

「二人とも、喧嘩は駄目だよ」

不毛な戦闘に関してのみ言えば、それで結末を迎えたのだ。

だけど、私とリースの中では何も終ってはいなかった。
次から次へと休むまもなく展開する物事に、私達は完全に振り回されている。

もはや台座だけとなってしまった哀れな石像(像とは言えないが・・・)の影で、私は本日2度目の、どうしてこんなことに・・・を唱えた。

フェイズがこちらを振り返った。顔には相変わらず微笑みを浮かべている。

「もう大丈夫」

個人的には、これから先の私達の運命を考えると、とても大丈夫だなんて思えないのだけど。そう心の中で毒突いた私を他所に、リースはフェイズの傍に駆け寄って腕を伸ばした。

「リース!?」

見れば彼女は、ずっと放って置かれていたフェイズのこめかみの傷をハンカチで拭っている。
臆病なようでいて、こういった場面でも物怖じしないのは彼女の凄いところだと思う。

「あの、さっきは助けてくれて有難う」

彼女は律儀にもお礼を言った。
きっと、狼男が飛び込んできたときのことだろう。
フェイズは一瞬だけきょとんとして、それから優しく微笑んだ。

「大した事じゃない。君こそ、有難う」

フェイズは彼の傷を看ようとしていたリースの手を握って彼女の瞳を見つめた。

そして・・・

この後の展開を思い出すと、私はいつも遣る瀬無い気持ちになる。

今日、これで3度目のセリフだけど。
何がどうしてこんな展開になってしまったのか分からない。

あろうことか・・・

あろうことかフェイズは、リースに、


キス


・・・を、したのだ・・・



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最大級の悲鳴は声にならない。
もはやこれまでに起こった事件なんて、私にしてみれば些末なことに成り下がっていた。

埃を払いながらこちらへ戻ってきたアレックスと狼男の二人も、その光景を見て固まっている。

私は急いでリースの腕を掴んで引き戻して、その顔を覗き込んだ。
彼女は口許を手で抑えて顔を真っ赤に染めている。

対するフェイズの方は、酷く涼しげな顔だ。
腹の底から怒りが湧く。

「サイテー!!酷いわ!なんてことするのよ!」

私が食って掛かれば、彼は飄々と答える。

「感謝の気持ちは、言葉だけじゃなくて態度で示せって。アレックスの教えなんだけど」

名前を出されたアレックスは、乱れた髪を掻きあげながら呆れた様子で言う。

「フェイズ・・・お前、肝心なことはすぐ忘れるくせに、どうしてそう、どうでもいい事はしっかり覚えてんだよ・・・」

完全に部外者である狼男は気楽にへらへらと笑っている。

「手が早いところは飼い主に似ちまったんだな」

飼い主という言葉にアレックスの瞳がまたきらりと光り、狼男に鋭い視線を送った。

あぁ、もう、信じられない!!
私は、落ちていた石像の破片を投げつけて叫んだ。
痛くはなかったはずだが、二人は驚いた顔をこちらに向ける。

「もう沢山よ!これってどういうこと!?あんた達は一体何なのよ!?」

私の悲鳴にも似たその言葉に、諸悪の根源たる三人は顔を見合わせた。
そしてアレックスが肩を竦める。

「ま、人間じゃないわな。俺は吸血鬼だし」
「俺は見てのとおり。狼男だ」
「僕は・・・何だろう・・・。知らないけど、人じゃないと思う」

あっさりと答える三人。
最早分かりきってたことだけど。
事実として確定してしまうと、やっぱりショックだ。

「せ、折角・・・吸血鬼からなんとか逃げ出してきたのに・・・」

私は、思わず膝をついた。

「苦労して辿りついた先がまた吸血鬼の城だなんて・・・あんまりよ!!」

アレックスが腕を組んで壁に寄りかかり、金の双眸を眇めた。
例え埃を被ってたって、美形には違いないけど。
もう、見惚れたりしない。

「何言ってるんだ。ちゃんと親切にしてやっただろ?」
「どうせ、これから血を吸うつもりだったんでしょ!?」
「そりゃ宿代分ぐらいは払ってもらわないとな。慈善事業じゃ生きてけねーし。だが別に、命までは取ったりしないぜ」

彼の話し方も最初の頃の気取った調子が抜けて、随分とフランクな感じになっている。

「信じられないわ!貴方だって吸血鬼でしょ!?」
「おいおい、吸血鬼という枠で一括りにしてくれるなよ。吸血鬼だって色んな奴が居るんだよ。そういう意味で言うなら、人間の方がよっぽど酷いことすると思うぜ?フェイズがいい例だ」
「何の話よ」

私はアレックスを睨む。
フェイズはきょとん と、狼男はにやにやと笑いながら成り行きを見守っている。

「どっちにしたって、分かってたら入ってこなかったわ」
「はいはい、今度から表札でもかけておきますよ。吸血鬼の城、とでもね」

完全に嫌味だ。
私は無言で立ち上がった。

「おっと、出て行くつもりか?」
「居られないでしょ、こんな城」
「好きにしろ。だが、夜の森を出歩くのは自殺行為だぜ。道に迷って野垂れ死ぬか、野犬に食われて終るか。運良く夜が明けたところで、お前らの荷物。あんな軽装じゃ、とてもじゃないが旅なんて続けられないと思うね」

悔しい。

悔しいけど、アレックスの言う通りだ。

立ち上がったはいいけれど、踏み出すに踏み出せない足をじっと見つめていたら、リースがそっと近付いてきた。

私は顔を上げられない。

それでも、彼女が今、クロスに触れていないことはわかった。
彼女の手が伸びて、私の手に触れる。

「リィン」

リースが私の名前を呼んだ。

酷く、懐かしくて優しい響きがした。

私は、おそるおそる彼女の顔を見上げる。

リースはそっと微笑んでいた。

「大丈夫」

握った手に、力がこめられる。

どうしよう。
もう、涙がとまらない。

「ごめんね、リース、ごめんね」

謝ると、リースが肩を抱いてくれた。

「リィン。リィンが謝ることなんて、一つもなかったわ」

リースはそっと囁くように言葉を続ける。

「変わってるけど、それほど悪い人達じゃないと思うの。だから、無理しないで」

不安で、怖くて仕方なくて。
でも、なんとか自分の力で守りたくて。

なんて沢山の事があったんだろう。
これまでの出来事が私の胸に去来する。

早く村に、皆のところに帰りたい。

私はリースの肩に額を伏せて、今までの苦しかった思いを全部流した。


私の気分も落ち着いてきた頃、それまで黙って待っていたアレックスが徐に口を開いた。
先ほどより、口調は随分と穏やかだ。

「まぁ・・・信用しろと言っても難しいかもしれないが。歓迎すると言ったのは本当だ。俺たちと関わりたくないと言うのなら別にそれはそれでいい。好きなだけ、滞在していけ」

「有難うございます」

リースが頭を下げてお礼を言った。

「へぇ、珍しいこともあるもんだ」

狼男が感心したように、こぼす。

「この城も、ちょっとは明るくなるね」

フェイズが暢気に笑う。

私は一人、気を引き締める。
とりあえず、今日の危険はもうなさそうだけれど。

だからといって、安心はできない。
彼等だって完全に信用できるわけじゃないのだし。

私達の本当の旅の目的はまだまだずっと先にあるのだから。
負けないわ。私達は必ず村に帰るの。

決意を固めた私の前に、いつの間にかアレックスが歩み寄ってきている。

「ほら、リィン。あとはお前だ」

そう言って、彼は手を差し伸べてきた。
私はリースから身体を離して彼に向き直った。

非常に、不本意だけど。

不承不承、手を差し出して握手を交わす。

「・・・よろしく・・・お願いします」

すると突然、私は腕をぐいっと引っ張られた。

状況を理解するのに要した時間は3秒ほど。

次の瞬間、私はアレックスの体を勢い良く突き飛ばした。

「な、な、な」

私は口を抑えたまま、言葉にならない声を発した。
アレックスは、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべている。

「よろしく」

悪びれない笑みに、消えかけていた怒りがまたふつふつと湧き上がってきた。

そして私の怒りは、夜の古城に騒々しく響き渡った。

「あんたたち、絶対・・・、絶対、許さないんだからーーーっ!!」




+ 第1章 End +



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「今日は、楽しかった」

フェイズが俺の前を軽やかに歩きながら、話しかけてくる。

「まぁな」

俺は曖昧に返事を返す。

「明日が楽しみだろ?」

フェイズは、こんなところまで飛んできていたらしい石像の欠片を蹴り飛ばした。
欠片は、どこかの壁にあたって、乾いた音をたてる。

「さて、どうかな」

本音を言えば、複雑な気分だ。
その微妙な心理を汲み取ったのか、フェイズは振り返って訝しげな視線を投げてきた。
もっとも、フェイズの表情にはほとんど変化がなく、他人が見ればいつもの飄々とした顔に見えるはずだが。

「どうして。君は、繰り返しの毎日に飽きてたんだろう?」

フェイズは足をとめて、俺を見上げる。

「いや、そういうのも、悪くないと思ってたさ」

嘘だな。
俺は変わることを望んでいた。
しかし、この変化、俺の望んでいたものとは少し形が違う。

「そう」

フェイズは再び歩き始める。

「どうせ僕は明日になったらまた忘れてしまう。君が少し羨ましい」

簡単に言い切るこいつに、俺は苛立ちを隠せない。

人の気も知らないで、と

「忘れるほうと、忘れられるほうと。どっちが苦しいと思うか?」

わかっている。
その言葉に俺が怒るのは間違っている。

あいつは、珍しく少しばかり傷ついたような表情をした。

「・・・そうだね。・・・ごめん」

謝られたとたん、後ろめたい気持ちがずしりと俺の肩にのしかかる。

違う、お前は悪くない

口を開いたが、言葉は突然鳴り始めた時計の音にかき消された

ボーン・・・

これは12時を告げる鐘の音だ

ボーン・・・

フェイズは真剣な表情で振り返った

ボーン・・・

「アレックス」

ボーン・・・

フェイズの声はよくとおる

ボーン・・・

「大丈夫。もう、僕は」

ボーン・・・

赤い瞳は 俺をしっかりと映している

ボーン・・・

「君のことは忘れない、絶対に」

ボーン・・・

一つ一つしっかりと紡ぎだされる言葉

ボーン・・・

俺は何も言えない

ボーン・・・

フェイズはいつものように微笑んだ

ボーン・・・

最後の鐘がなる

ボーン・・・

「おやすみ、アレックス」

最後の鐘の余韻が消えぬうちに、
あいつは突然ガクリと膝をおって頽れた

俺は淡々と、その身体を片腕で抱きとめる

腕も首も、すべてが力なくしな垂れている。

死んだように眠る・・・
いや、事実死んでしまった体を抱いて、俺はその顔を見下ろした

きっかけは何であれ。
こいつが自分から相手に興味を持ったのは初めてではないだろうか。
少女達の一人、リースと言ったか、の顔を思い浮かべる。

まぁ、俺だって人のことは言えない。
ただ俺の場合、あの行為が純粋に好意だけから出たものかと問われるとそれは自信がない。
僅かに、あてつけの意味も含まれていたと思うからだ。

空いた手は、無意識のうちに冷たい唇をなぞっていた。

酷く渇いた自嘲の笑いがこぼれる。

「さて、お姫様に、この呪いがとけますかね」

呟いた声は、自分で想像した以上に冷たい響きを伴った。

虫がいい話だ。

こいつに 呪いをかけたのは、他ならぬ俺自身に違いないのに



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 外ではやっと日が昇り始める頃だろう。
 だが、北西にある俺達の部屋には、北側に申し訳程度の明り取りの窓一つしかないため、光が差し込むことは殆どない。部屋の中は年中暗く、冷え冷えとしている。それでも、この部屋の蜀台や暖炉に炎が燃えたのは過去に数えるほど。人ではない俺達にとっては、暗闇も寒さも問題視するようなことではないからだ。

 俺は暗闇の中、部屋の中央にあるベッドに歩み寄り縁に腰を降ろす。古いベッドのスプリングが軋んで、奥歯を擦り合わせるような音を鳴らした。

 ベッドの上へと視線を投じれば、横たわるのはフェイズの身体。
 生気のない顔、微かな身動ぎさえしない手足。吐息すら一切零れない。
 その額に手を添えたところで、脈は勿論、微かな温かみすら伝わってこない。

 ただ、じっと時が過ぎるのを待つ。周囲では音を立てるものは一つもなかった。

 外はもう明るくなった頃だろうか、と顔を上げたとき。広間の時計が朝を告げる鐘の音が聞こえてきた。その鐘の最後の余韻が消えないうちに、ふ、と息を吐く気配。

 相変わらず、時間には正確だ。

 俺が見つめる側で、胸が微かに上下し始め、頬に赤味が差す。瞼が徐々に開かれて、深紅の瞳が覗く。

 俺はその焦点に合うように体を傾け、不敵に笑ってみせた。

「よぉ」

 深紅の瞳が俺を捕らえ、ひた と見つめてくる。

 背筋が冷やりとした。
 情けないことだが、この瞬間はいつも酷く緊張する。

 俺が固唾を飲んで見守る中で、フェイズは少しだけ逡巡した後、唇を開いた。

「・・・・・・っ」

 しかし、出たのは掠れた空気だけ。渇いた喉では上手く声を発することができなかったらしい。水差しの水をとって湿らせてやると、漸く弱々しい声が毀れた。

「・・・ア、レックス・・・?」

 名前を呼ばれ、張っていた肩から力が抜ける。

「・・・そうだ」

 俺が頷くと虚ろだった瞳に光が差し込んで、フェイズはいつものように微笑んだ。



+++++++++++++++++++



 騒ぎが終った時、周囲は酷い有様だった。
 窓は割れてる、石像は粉々。床は破片と埃で埋もれ、勿論俺達だって埃を被ったり、服のあちこちが破けていたりとお世辞にも整った姿だとは言い難い。

「全く、とんだ夜になったもんだ」

 俺が呟いた傍では、フェイズが埃を吸い込んだらしくケホケホと堰をしている。視線を感じて、顔をあげるとリィンが刺すような視線で俺を睨んでいた。だが視線が合うと、ふい、と露骨に逸らされる。

 リィンとリース。二人の少女がこんなところまで旅をしてきた理由を聞こうと思ったが、どうやら今夜は無理そうだ。まぁ、リィンが先ほど漏らした言葉 ―― 吸血鬼から逃げてきた ―― から、もう大方の想像はついている。

 吸血鬼は大抵単独で行動し、それぞれにテリトリーを持っている。
 彼らの狩り ―― つまりは人間を襲うということだが ―― は、運悪くそのテリトリーの中にある村や町に住む人間、又は、迷い込んできた人間が対象となる。獲物が逃げ出すか、もしくは狩り尽さない限り、吸血鬼自身がそのテリトリーから離れることはない。二人の少女がそれ程旅慣れているようには見えないことから、多分彼女達は前者・・・運悪く自分達の故郷が吸血鬼のテリトリーに含まれていた類だろう。

 その故郷から逃げ出してきた…か。

 吸血鬼の目は、何も頭についている二つだけではない。どんな格下でもテリトリー内に住む野生の動物達を従えているのが普通だし、格の高い奴になると魔力でテリトリー内の状況を常に見張っていたりするというから、逃げ出すと一口に言ったってそう簡単なことではない。
 無事に逃げ出せたとは、二人はよっぽど運が良かったと言える。メリットがないのに見逃されたとも思えない。

 それは目出度いことでいい。
 俺が気にしているのはそこじゃない。

 テリトリーがあるということは、つまり、他の吸血鬼仲間がそのテリトリーに入ってくるのを許さないということだ。勿論、俺のテリトリーにだって他の吸血鬼はいない。だから当然、彼女達は俺のテリトリーの外から来ている。山と森と村がいくつか含まれたそのテリトリーの広さは・・・端から端を横切るだけでも結構な距離がある。

 彼女達がどこから来たかは知らないが、逃げ込むにしろ助けを請うにしろ、道中やこの山の麓にだって村はあった筈だ。なぜわざわざ、危険を冒してまでこの山を登って来たのか・・・。

 いや、助けを請うだって?

 自分の考えに、苦笑が漏れる。人間が吸血鬼を倒そうなんて考えるとは正気の沙汰じゃない。何せ吸血鬼というのはほぼ不死身のモンスターだ。銀の弾丸、胸に杭・・・有名なように方法が無いわけじゃないが、能力・体力・手下の数。人間が村人全体束になったところで倒せる相手ではない。俺の城はそんなものは全て外してしまったが、通常吸血鬼の城にはトラップが仕掛けてある ――それも相当陰湿な―― から、寝込みを襲うのも不可。そもそも睡眠自体をあまり必要としない。

 俺は自分の手に視線を落とす。今はもう爪も元通りだが、己の意思で伸ばしてナイフより鋭い凶器と変えることも出来る。先ほど、狼野郎につけられた傷が行く筋かあったが、既に血も止まり傷口も塞がって、何日も前についた傷のようになっていた。
 尽きない体力、回復しつづける体・・・そう、吸血鬼同士でだって、お互いを倒すことは不可能に近いことなのだ。

 吸血鬼を倒す方法があるとすれば、只一つ。
 それは・・・

「アレックス?何をそんなに怖い顔しているのさ」

 フェイズに話し掛けられて俺は我に返る。
 知らず眉間に皺を寄せていたらしい。

「いやなんでもない・・・あの二人は?」
「随分前に部屋に戻ったよ。とてもじゃないけど、今は一緒に居られる気分じゃないって」
「・・・そうか」

 まぁ・・・今いろいろ憶測しても仕方ない。聞けば済む話じゃないか。
 素直に教えてくれれば、だが。

 この時点で、俺は自分が動くことになるなんてこれっぽっちも考えては居なかった。



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「今の状況はだいたい、そんなところだ」
「ふぅん」

 俺が昨夜のあらましを語って言葉を結ぶと、フェイズはベッドに腰掛けたまま対して興味なさそうに相槌を打った。

「ったく、今日はいつもと違うんだからちゃんと聞いとけよ」
「知らないけど、ちゃんと聞いてるよ」
「嘘つけ」

 額を小突いてやると、フェイズは唇を尖らせて不服を表現した。
 俺はそのまま、部屋を横切って扉の方へと向かう。そのことに気が付いたフェイズが、ベッドから立ち上がって俺の後を付いてくる。じゃらり、とフェイズの腕の鎖が重そうな音をたてた。

「どこへ行くんだい」
「散歩」

 重い扉を開いて廊下に出る。朝とはいえここは城の北西だから窓から入ってくる光はほとんどなく、城の光源は壁の燭台ぐらいだ。だから朝陽が苦手な俺でも、こうして自由に城内を歩ける。廊下に足を踏み出すと、使用人の一人がふわりと俺の目の前を横切り、先回りして蜀台に炎を燈していった。見慣れた、いつもの光景。

 俺とフェイズは並んで、長い廊下を歩いた。

 廊下の姿見の前を通り過ぎた時、フェイズが突然足をとめた。見れば、こめかみを抑えて鏡を覗き込んでいる。そこについた傷に気付いたらしい。あれは昨夜、狼野郎が窓を割って入ってきた際についた傷だ。

「痛むのか」
「いや、そうじゃないけど」

 痛くはないと言いつつも、気になるのかフェイズは傷を触りながら鏡を見つめている。顔にデカイ傷があるんだから、今更そんな小さな傷、珍しくもないだろうに。

「おい、そんなに気になるなら俺が・・・」
「・・・っ!」

 腕を引き剥がして、その傷を治してやろうと思ったのだが、うっかり爪を引っ掛けてしまったらしい。フェイズが少しだけ眉を顰めた。
 悪い、と謝罪の言葉を述べようとした瞬間、くらり、と視界が歪む。

 鼻腔を掠めるこの香り

 海のような

 鉄のような

 ゾクリと悪寒が走って、首筋の毛が全て逆立つ。
 フェイズのこめかみに、真新しい血が滲んでいる。
 大したこと無い、直ぐに直ぐに乾く傷。だけど。

 俺は自分のこんな本能が嫌で、人里離れたこの城に住むことを選んだのに。体に流れる卑しい吸血鬼の血が、逃げることを許してはくれない。戦いの中で埃に紛れてしまえば、気にしないで済む物を。こんな、なんでもない時は、一度気付いてしまった渇きを忘れることが難しい。それでなくても、昨日は騒ぎの中で食事を抜いている。

 脳を支配しようとする本能を必死で押しとどめるも、手は無意識のうちにフェイズの頭に添えられていた。

 視界に、鮮明な赤だけが焼きついて他がぼやける。

 俺は その味を知っている

 それは

 きっと


 甘い


「アレックス」

 呆れたような、咎める響きを含んだフェイズの声。だけど舌先で感じたこの甘さが、留め金を外してしまった。もう、止めることができない。

「・・・僕だって寝起きで血が足りないんだけど・・・」
「悪い」

 謝罪の言葉を述べつつも、俺の手はフェイズのシャツの襟を開く。そのまま、縫い傷を避けるようにフェイズの首筋に顔を伏せた。

「・・・っ」

 牙が刺さる痛みにフェイズが僅かに身動ぐ。

 他に動くものも、音を立てるものもない。城の中は静けさに包まれている。

 と、分厚い絨毯を踏みしめる気配、そして、小さく息を飲む気配が背後から伝わってきた。
 見られた。反射的に体を起こして振り返る。

「誰だ!?」

 俺の視界の隅で横道へと消える、長い茶の髪。

 今現在、城内に居る長い茶髪の持ち主と言ったら、一人しか居ない。リィンだ。
 今の現場を一体どう解釈したか・・・話がまたややこしくなりそうな予感、己の浅はかさに思わず深々と息が吐き出される。まさか、こんなところまで出歩いてくるとは思わなかった。

「大人しくしててくれると助かるんだがな」

 怯えて縮こまるぐらいの方が手懐けやすい。リィンのようなタイプは、行動の予測がつかない。まぁ、女性的にどちらが好みかと問われれば、俺は断然後者の方ではあるが。
 傷のある首筋を手で抑えながら、フェイズがきょとんとした顔をする。

「誰?」
「例の城の居候」

 フェイズはふぅん、と呟く。

 念のため角のところを漂っていた使用人に今のが誰かを確認したが、聞くまでも無い。ただ、リースの方は一緒じゃなかったらしい。何故かと問えば、リースは倒れた、との短い返事。

「倒れた?」
「病気?」

 とりあえずは、ただの風邪のようだということだった。まぁ、旅の無理が祟ったんだろう。無理も無い。少女二人でこの山を登って来ただけでもたいしたものだ。
 フェイズは首を傾げて少し考え、それからすたすたとリィンの去った方へ歩き出す。

「おい、フェイズ」

 呼びかけると、フェイズは足を止めずに一言だけ返してきた。

「様子見てくる」
「見てくるってお前・・・」

 心配しているのか只の好奇心か・・・まぁ後者だろうな・・・。何よりも好奇心が先に立つのがフェイズの性格だし、基本的に城の中での行動は思うままにさせるのだが。
 もともと神経質になっていたリィンのことだ。リースが倒れたということで余計に気を張っているに違いない。そこに、飄々としたフェイズ。しかも・・・

 駄目だ、確実に火に油を注ぐ。

 もう一度、胸のつかえを取るぐらいの勢いのため息を吐くと、俺は諦めてフェイズの後を追った。



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